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「 都教委の厳重注意は人権侵害」と東京弁護士会が警告書

私たちは、石原知事や都教育委員会の措置が、子どもたちの人権を侵害するものと考え、七生養護学校をはじめ公立小中学校で起きた学習権教育権の侵害について、2003'12月22日 (月)東京弁護士会に 人権救済の申立を行いました。

その結果、東京弁護士会は「 都教委の厳重注意は人権侵害」という結論に達しました。


 東京都立七生養護学校(日野市)の性教育を巡り、都教委が教員13人を厳重注意としたのは、子どもの学習権や教育の自由を侵す人権侵害だとして、東京弁護士会は2005’1月26日、警告書を都教委に出しました。「教育に不当な介入をしてはならない」と指摘し、厳重注意の撤回と没収した教材の返還も求めています。

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※詳しくはこちらの人権救済申立書要約をお読み下さい

おかげさまで申立人には 映画監督の山田洋次さん、脚本家の小山内美江子さん、川田龍平さん、アニー出版の北沢杏子さんや2003’エイボン女性功労賞受賞者産婦人科医師堀口雅子さんら多数の医師、学者を加え05’1月現在申立人合計8,125名を超えました。

※2005年1月24日東京弁護士会より東京都教育委員会に提出された

警告書要約文(※全文はこちら)と人権救済申立人からの声明文をお読み下さい。         

   

    (要約文はこちらをご覧下さい)  

2005年1月24日

東京都教育委員会

 教育長 横 山 洋 吉 殿

                                  東京弁護士会

会 長   岩 井 重 一

 

警 告 書

 

 東京弁護士会は、申立人山田洋次、小山内美江子、斉藤貴男、川田悦子、堀尾輝久、蔦森樹、朴慶南ほか総数8125名による2004年1月7日付人権救済申立事件を受理し、調査した結果、以下のような人権侵害の事実があるものと判断し、被申立人東京都教育委員会に対し、次のとおり警告する。

 

警告の趣旨

 

1.東京都教育委員会(以下「教育委員会」ともいう。)は、2003年9月11日東京都立七生養護学校(以下「七生養護学校」という。)の教員に対して行った厳重注意は、「不適切な性教育」を理由にするものであって、このことは子どもの学習権およびこれを保障するための教師の教育の自由を侵害した重大な違法があるので、これらを撤回せよ。

2.教育委員会は、同委員会に保管されている七生養護学校から提出された性教育に関する教材一式を、従来保管されていた七生養護学校の保管場所へ返還し、同校における性教育の内容および方法について、2003年7月3日以前の状態への原状回復をせよ。

3.教育委員会は、養護学校における性教育が、養護学校の教職員と保護者の意見に基づきなされるべき教育であることの本質に鑑み、不当な介入をしてはならない。

警告の理由

 

1 子どもの人権救済申立の内容

 1 事案の概要

 

第2 調査の経緯及び内容

 

第3 認定した事実

 1.2003年7月2日以前の都立七生養護学校の性教育実施状況

  同校においては、性教育は昭和46年の開校以来行われてきた。しかし、1999年夏に、同校が併設されている七生福祉園からの入所生同士による性的問題行動が判明し、同校と七生福祉園との間で「学校・福祉園との性教育連絡会」が設置され、さらに同年10月には同校内に「性教育検討委員会」が設置され、両会議において性教育が有効適切になされるための授業内容、発達段階に応じた教育等について話し合われた。その結果、問題行動が起きたときの対症療法的な指導ではなく、性に関して必要な指導をしつつ(例えば、男子生徒の精通指導や、女子生徒の月経指導等)、生徒が自己肯定感を持ち自分の心と体に向き合えるようにする指導の必要性が認識された。
 また、各学年が不統一に性教育の授業を進めるのではなく、統一的に連携を取って行われることが必要であることが認識された。
   このような経緯を経て、同校の新たな性教育の実践が始まった。
 知的障害を持つ子ども達は、抽象的な事柄を理解するのに困難を伴うことから、各教諭はこのような特性に応じて、具体的でわかりやすい授業を行うことを心がけた。
 具体的な指導内容としては、体の各部位の名称を歌詞にした「からだうた」(性器の名称について「ペニス」「ワギナ」として含まれている)を授業開始時に歌うことや、段ボール箱にペニス模型をつけ、ペニスの先から液体を出すことができるように内部に管を通してある「箱ペニス」を用いて行う精通指導、母親の子宮の中の心地よさを体験し、生まれる瞬間を体験する「子宮内体験袋」の経験、ペニス、ワギナが付いている人形「スージー&フレッド人形」により、体験ができる。
 なお、性教育実践がより実のあるものとなるために、授業風景を他の教諭がビデオ撮影をし、他の教諭も閲覧できるようにしたり、保健室を指導教材等の保管場所にし、各教諭が性教育に関する情報の共有を図るとともに教材を相互に利用可能となるようにしていた。
   また、教材については、学校予算から購入されるものもあれば、学外の教育基金から購入費用を賄うこともあり、各教諭が自弁で制作したものもあった。 性教育の実施にあたっては、保護者等の理解も必要であるところ、七生福祉園との間では性教育連絡会が定期的に開催され意思疎通がなされ、自宅からの通学生については、授業の事前に実施予定の授業内容を記した連絡文書(「さわやかアップ」)を、事後に実施中の生徒の様子を個別に記した連絡文書(同)を、各保護者に配布し、意見のある保護者については返信欄に記載することにより教諭に対して意見を伝えることができる仕組みとなっていた。  これらの同校の性教育実践は従前優れていると評価されており、1999年度及び2000年度の心身障害教育夏期専門研修(東京都知的障害養護学校校長会及び同教頭会が主催、都教育庁学務部義務教育心身障害教育課が後援)に連続して取り上げられた。その内容について、これまで主催者、後援者サイドはもちろんのこと、東京都教育委員会(以下「都教委」という。)からも何ら異議はなかった。
 

 2.2003年7月2日以降の状況

   2003年7月2日、東京都議会において、都議会議員(以下「都議」という。) から都教委に対し、東京都立養護学校における性教育のあり方について質疑が行われた。
   同月4日、都議3名と日野市議会議員数名、都教委の指導主事らが、七生養護学校を視察した。産経新聞記者が同行していた。都議、指導主事らは、校長、副校長らと面談のうえ、同校の保健室に入室した。
   保健室内では、主として、都議3名が養護教諭に性教育の教材について質問し、保管してある人形、本などを提示するよう求めた。都議らの言動には、性教育をはなから批判し、また養護教諭らの人格を無視するような内容が含まれていた。この間、都教委、校長らは保健室内にいたが、都議らの質問を何ら制止しなかった また怪我の手当てを受けるために保健室に入ってきた子どもたちは、養護教諭がいじめられているのではないかと心配し、動揺していた。
   都議らは、提示を受けた人形等を床に並べ、ズボンやスカートをずらして性器等をあらわにするように置いて、これを産経新聞記者が写真撮影をした。この間も、都教委、校長らは、保健室内にいたが、同記者に対し何ら制止をしなかった。この写真は、7月5日付の同紙に記事とともに掲載された。教材は、後日都教委がこれを校長から提出させ、現在に至るまで、保管している。
   7月9日、都教委により、全教職員の事情聴取がなされた。前日に校長から、事情聴取に応じるようにと、職務命令が出されていた。当日、37名の指導主事が来校し、2名ずつで17組にわかれ、教職員1名あたり約30分間の聞きとりを行った。
   7月15日、都教委は、「都立盲・ろう・養護学校経営調査委員会」を発足させた。性教育の問題のほか、学級編成、服務規程違反が問題とされ、すべての都立盲・ろう・養護学校に監査が入り、校長ら管理職の事情聴取が行われた。委員会は、8月28日に報告を出し、七生養護学校において、組織的に不適切な性教育が行われていたこと、学級編成の不正があり、服務規程違反の実態があることなどが報告された。
   保護者らに対しては、7月9日、17日、9月4日にそれぞれ保護者会が開かれ、説明がなされた。この間、一部の保護者は、東京都教育長等に対し、七生養護学校の性教育の意味を認め、続けることができるよう、多く署名を集め要請行動を行っている。
   都教委は、7月29日付で「東京都立学校経営アドバイザー設置要綱」を施行し、8月1日付で、七生養護学校に1名のアドバイザーを配置した。
   都教委は、七生養護学校に対し、9月1日付通知を交付した。授業内容について、1週間毎の授業案(週案)を作成、提出することを求められ、管理職が、事前に内容について指示を出すようになった。特に性教育について、細かい指示が出された。
   9月4日、都教委の指導にしたがい、性教育全体計画が作成され、保護者に説明された。
  9月11日、都教委は不適切な性教育や服務規程違反などの理由により、七生養護学校の教職員が含まれる養護学校管理職37名について、停職、降格、減給、戒告、文書訓告、教員等65名について、口頭による厳重注意、教育庁関係者について、戒告、文書訓告の処分を出した。このうち明確に「不適切な性教育」を理由として行われた処分は、七生養護学校13名、調布養護学校1名、立川養護学校1名、江戸川養護学校1名、町田養護学校4名、石神井養護学校1名の合計21名の教員に対する「厳重注意」であった。
   9月17日、都教委は「障害のある児童・生徒の性教育に関する実施指針」を示し、10月6日に七生養護学校内の研修会を行った。
   11月14日付で七生養護学校内で、「今後の性教育の指導について」が作成された。従前の性教育と比べると、内容、指導時間、指導形態などに、大きな変化が生じた。指導時間は大幅に短縮され、内容、指導形態については、ぺニス、ワギナ、性交といった言葉の使用が事実上禁止された他、人形や模型等を用いた指導を行うことが禁止され、図等の平面教材についても使用が著しく制約された。
 

第4 七生養護学校の性教育について

 1.性教育の必要性について

   性に関する問題は人間の根源に関わる問題であり、性に関する基本的事項は科学的に正しく教える必要がある。現在マスメディアによる性に関する情報の氾濫、インターネット等による性情報への接近の容易性、価値観の多様化等から、性行動、性体験の低年齢化が進んでいるうえ、 HIV等性感染症も広がりをみせている。児童生徒が心身ともに健やかに成長することや生命の大切さを認識することは重要かつ緊急の課題となっており、学校、家庭、職場、地域等さまざまな場面で性教育が必要となっている。
   知的障害者については、男女のからだの仕組みや体の発達の相違を理解することが不十分であったり困難であったりする。身体の変化を素直に受け止めることができず、パニックをおこす児童生徒も少なくない。また自己の性に関する悩みや不安を的確に表現することができない場合も多い。そのため、知的障害者に対しては、教材等を工夫し、具体的でわかりやすい性教育が求められている。また、知的障害者が性の被害者になったり、場合によっては性の加害者になることがありうる。性被害と加害の防止という観点からも性教育が必要である。

 

 2.性教育に関する政策経過(七生養護学校問題発生前)

 

 3.東京都の政策の変化(特に七生養護学校を巡る変化)

 

 4.七生養護学校における性教育の評価

   七生養護学校で行われた性教育の内容について、今回、とくに学習指導要領上、小学校第5学年理科で「受精にいたる課程は取り扱わないこと」とされていたり、中学保健分野で生殖機能について「妊娠の経過は取り扱わないものとする」とされていることなどに照らし、教材などによっては出産を早期に具体的に教えることを目的とするものであるから生徒の発達段階を踏まえないものであり不適切であるなどの批判がなされている。
   しかし、そもそも学習指導要領は、先に述べたとおり、全国的な大綱的基準を示したにとどまるものであり、記載されている事項だけを教えていれば足りるというものではないし、記載されていない事項は一切教えてはならないというものではない。そして知的障害児教育には、その特性に応じた特殊な配慮をする必要が高い。
   総じて、養護学校での知的障害児教育においてこれらの観点からの工夫が必要であることはすでに共通理解となっていると思われる。
   そこで、争点となりうるのは、今回七生養護学校で行われていた「心とからだの教育」と称する性教育がこれらの観点から妥当なものと評価できるか、適切さを欠くものとされるかである。
   この点、少なくとも学習指導要領の法的性格からして、「学習指導要領に記載がない」ということの一事を持って適切さを欠くということはできない。そして適切性判断のメルクマールとしては、学習指導要領外の事柄を教えること(目的)に合理性があったか、その教育目的のために当該具体的教材を使用すること(手段)に合理性があったかということが問題になる。
   まず、教育目的として性器の名称を小学部1年から教えることの是非についてであるが、性器の名称を覚えることについては、その部分がからだの重要な部分であるとの意識を与えることが重要である。特に性犯罪の被害者または加害者になる危険を回避させなければならない知的障害児にとってはこの点は早期に対応し、植え付けなければならない知識であるとの教員の説明は首肯させるに十分なものがあり、この点では、小学部1年から「からだうた」を歌うことが一概に不適切と断定することはできない。
   次に、教育手段としての「からだうた」の使用については、そもそもの使用動機は、性教育の時間を開始するにあたりその意識付けをするための区切りになる歌が必要との趣旨で作成されたものであるという。漫然と授業を受けるのではなく授業内容が意識の中に残るための工夫として、その動機は正当である。その歌詞の内容であるが、小学部1年から性器を触りその呼称を歌うことの合理性であるが、まずからだのほかの部位と続けて性器も触りながら歌うことは実際的具体的な教示法であり、上記学習指導要領の記載にも沿ったものであると評価でき、目的と手段は合理的関連性があるものといえる。
   教材については、「子宮体験袋」「箱ペニス」「スージー&フレッド人形」などが問題視されているので、これらについて検討する。
   この点につき、教育目的については、「子宮体験袋」は、通常に比して被虐待児になることが多い知的障害児について、子どもの自己肯定感、生きることへの自信を養うために、自分がどのようにして生まれてきたか、出産のすばらしさを体感として教えることを目的とするものとの説明であり、その説明は合理的であり、その目的と手段としての道具の関連性も合理的である。教材についてはすでに述べたとおり実際的具体的であることが望まれ、その点でも合理性が認められるほか、上記学習指導要領の記載にも沿ったものであるとも評価できる。
   「箱ペニス」については、精通の指導用とのことである。精通は男子生徒にとっては重要な教育課題であり、教えないままというわけには行かないことは明白である。そして精通指導時に具体的に何を指導しているのかをわからせるという教材使用目的があり、その目的と手段としての道具の関連性も合理的である。
  「スージー&フレッド人形」については、少なくとも、写真(新聞報道)でとられたように下半身の性器部分を露出するなど性器を強調して使用することはありえないとのことであった。上記のような使用形態であればその教育の必要性、教育目的と使用教材の合理的関連性ともに認められると考えられ、上記学習指導要領の記載にも沿ったものであるとも評価でき、これも不適切と即断することはできない。
   以上検討した結果、七生養護学校で行われていた性教育「心とからだの学習」は、知的障害児教育の特殊性を考慮に入れると、児童の発達段階と照らして不適切と判断することはできないし、従前の性教育政策とも同趣旨であって、少なくともこれに明確に反したものではなかった。むしろこのように検討すると、従来の方針から急転換したのは東京都の性教育政策の方ではないか、という印象すら与えるものである。
 

第5 都議会議員の視察の際の都教育委員会の対応について

 都議会には、議員調査権が認められているが(地方自治法100条)、具体的な調査権の行使は、個々の都議会議員に対して調査の派遣という形式をとることになる。しかるに、本件においては、都議会が、調査を決定して、土屋都議らを派遣した事実は認められず、それゆえ、本件訪問は、正式な議員調査権の行使ではなく、都議らが言うように、議員調査権の前提としての「視察」の領域にとどまる行為であると考えざるを得ない。

 教育基本法10条は、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」と規定する。同法10条は、戦前我が国の教育が国家による強い支配によって不当に歪められてきたことを反省し、教育の自主性、自律性を尊重することを明らかにした規定であり、具体的には、教育の自主性、自律性を確立するため、教育行政が国家権力・公権力による支配に服することなく行われるように教育委員会によって教育を運営していくという教育行政の仕組みを規定したものである。

 そして、ここにいう「不当な支配」とは、教育の自主催、自律性を侵害するあらゆる支配を意味することから、議員調査及び視察についても、かかる教育基本法10条の趣旨に従って、教育現場・内容への過度の介入は許されないという制約を受けることになる。

 これを本件についてみると、「視察」ということならば当然のこと、仮に調査権の行使であったとしても、授業風景や各教室・校舎その他の設備の見学、中立な立場での質問等にとどめられるべきであり、それを超えて、本件のように教育内容を批判する等政治的意味合いの強い質問はむろんのこと、威嚇的な口調での質問や教材である人形のズボンを脱がすなどの行為は、視察、調査権の行使の域を超えており、これに名を借りた教育現場への行きすぎた介入であると言わざるを得ず、教育基本法10条に反する行為と評価せざるを得ない。

 そして、都教委は、前記のとおり、教育の自主性、自律性を守るべく、教育に対して政治的圧力が加わった場合には、本来政治的支配に屈することなく、これを排除しなければならない立場にあり、当日、都議らとともに来校した都教委指導主事は、都議らの前記教育への問題言動に対して、注意を促し、その介入の程度が著しい場合には断固として抗議して、これを阻止しなければならなかったにもかかわらず、都議らの行動を終始静観して、これを放置していたものであり、かかる都教委の行為は、教育基本法10条に反する行為と言わざるを得ない。

 

6 都教委の調査、指導、処分の違法性

 1.事前手続きの違法性

   本件では2003年9月11日、七生養護学校教員に対し、「学習指導要領を踏まえない性教育を行った」こと等を理由として、都教委より、服務規程違反及び懲戒処分、文書訓告及び厳重注意がなされた。うち13名が不適切な性教育を理由として厳重注意を受けた。
   「厳重注意」は、地方公務員法29条の「懲戒処分」ではないが、厳密には法律上の効果を生じるという意味での不利益処分にあたらないものであっても、それを受けた公務員の人事考課等、職場での評価に重大なマイナス影響を与えるもので不利益取り扱いである。
   以上のとおり、本件「厳重注意」処分理由は「不適切な性教育」であり、この「処分」理由は教育内容にまで踏み込むものである。
  本来教育内容への行政の介入はなされるべきではなく、最高裁もこの点に関しては抑制的になされるべきと明言する。
  教育は基本的には教師の個性により行われるべきものであるという教育の本質(旭川学テ事件最高裁判決参照)から考えると、それを実質的に不可能にするという点で、当該厳重注意は教師の教育の自由への侵害という効果を生み、そのような事態は、ひいては上記教育の本質を失った教育を受けることを事実上強制されるという点で、子どもの学習権を侵害する結果を生む。このようにみると本件厳重注意の効果は非常に重大であって、本件「処分」の不利益性はきわめて強い。手続き充足の有無・行政裁量の逸脱の有無、本件の厳重注意の対象は「不適切な性教育」等であり、教育内容にまで踏み込む「処分」理由であった。
  具体的には、本件についてはまず適正手続きの点では、「告知聴聞の機会」等の事前の適正手続きの十分な付与が求められるべきであり、次に裁量権の逸脱の 有無の判断については、明確な処分理由とその合理性が求められるべきである。
  2003年7月9日に全教職員に対して事情聴取がなされ、すでに認定した事実関係によると(第3・2(5)参照)、そもそも質問項目が一定の結論を示しているように読みうるものであって、告知聴聞のための質問として不適切というだけでなく、何らかの処分を前提とした聴聞であるという説明もなかったことが認められる。このような事実関係の下では、本件について告知聴聞の機会が十分に認められていたということはできず、その後になされた実質的には不利益を伴う厳重注意について、適正手続きの面からみて重大な問題をはらんでいる。すなわち事前手続きの部分のみを見ても、許容される行政裁量の範囲を逸脱した疑いがきわめて強い。

 

 2.処分理由とその合理性
旭川学テ事件最高裁判決で考えると、現場の具体的要請に応じて教師によって具体的になされた教育内容については最大限尊重すべきであり、それに対して行政が介入をなす際には、介入をする側で、教育内容につき上記制限を越える不合理な教育内容であることを十分に示す必要がある。
すでに認定した諸事実によると、本件厳重注意については、そもそもその合理性を疑わせる事情が認められるといわざるを得ない。
まずそもそもの焦点であった七生養護学校の性教育「心と体の学習」については、その不必要性・不合理性は即断できないこと、むしろ逆に、教育内容に合理性あることをうかがわせる事情が多いことは、すでに述べたとおりである。
知的障害児教育に関する教育の自由の特殊性からみると、普通学級の教師について考える以上に現場教師の自由を尊重すべき要請が強く、その点も介入の合理性判断の際には十分に斟酌されるべきである。 また、行政(都教委)側の対応についても、介入の合理性について十分な反論・立証があるとは認められない。この点について今回の人権救済申し立てに基づく調査の際に都教委側に対し反論・立証のための機会は十分に付与したものの、都教委側の説明は従前発表した書面類を参照するよう述べるにとどまるものがほとんどで、調査に対する誠実性すら疑わざるを得ない対応であった。
ここでなお行政による介入の合理性を判断するに、行政の反論・立証の骨子を従前の書面類から読み取るに、@学習指導要領に記載がないこと、A生徒の発達段階にそぐわないこと、の2点が大きな理由と、思われる。
しかしこれに対しては、学習指導要領の法的性質が「大綱的基準」(旭川学テ判決)であることからして、学習指導要領に記載がないことはそれだけでは介入を可とする理由にならないことは明らかであり、当該内容の合理性を個別に検討する必要がある。
そして当該内容の合理性についてはすでに述べたとおり、その教育内容の合理性をうかがわせる事情は複数認められるのに比して、その不合理性の十分な反論・立証はなされていないと認めざるを得ない。 このように検討すると、七生養護学校における性教育「心と体の学習」について今回都教委がなした「厳重注煮」による教育内容への介入は、その介入の合理的根拠が示されているとはとうてい言えないものであり、教師の教育の自由、ひいては子どもの学習権を侵害するものとして、憲法26条に違反の疑いが極めて強く、教育基本法10条等に違反する違法なものといわなければならない。
 

第7 教材等の原状回復の必要性

 都教委は、別紙一覧表の教材等を七生養護学校から調査のために引き上げ、これらの教材を利用した性教育を不適切なものとして、処分を行った。そして、その後教材を返還せずに、実質的に都教委の管理下に置いている。このため同校においては、それまで行ってきた性教育を再開することができない。

 前述のとおり、都教委が、七生養護学校の教職員に対して行った処分は、不適切な性教育を理由とする部分について、違憲の疑いがきわめて強く、違法なものである。

 したがって、性教育が不適切であることを前提とした都教委の教材の保管継続行為も、同じく教育の自由を侵害する違憲違法な疑いがきわめて強いものである。よってすみやかに、七生養護学校に返却して、2003年7月3日以前に行われていた性教育の内容及び方法について、原状回復がなされるべきである。

 

第8 結論

 以上により、今回の都教委による厳重注意は、子どもの学習権及びこれを保障するための教師の教育の自由を侵害する違法なものであり、撤回されるべきである。都教委は、今回の厳重注意が行われる以前の教育状態に原状回復すべきであり、そのために、厳重注意の撤回にとどまらず、すでに学校から回収された性教育教材類も七生養護学校に返却されるべきである。

 また、教育一般は教職員、保護者の意見に基づき自主的になされる本質をもつところ、特に障害を持つ子どもに対する性教育のあり方については、その特殊性、専門性等に鑑みて、この本質が特に重視されるべきであり、今後都教委は教育への不当な介入はしてはならない。

 よって当会は、警告の趣旨記載のとおり、東京都教育委員会に対し、警告をする。

以上 

石原都知事    殿

東京都教育委員会 殿

東京都議会    殿

 

東京弁護士会の「警告」に対する声明

 

本件事件は、2003年7月2日、東京都議会における都議の質問を発端に、7月4日、教育委員会、都議、日野市議らが七生養護学校を「視察」と称して訪ずれ、同校の保健室に保管されていた教材を提出させ、また同行していた産経新聞記者が教材を並べて写真を撮り、翌日の産経新聞に「まるでアダルトショップのよう」と実態に反した記事を掲載し、七生養護学校の「心とからだの学習」を過激な性教育だと決めつけ、実施できないようにし、教員らを厳重注意したというものである。

2003年12月末、映画監督の山田洋次さん、脚本家の小山内美江子さん、学者の堀尾輝久さん、上野千鶴子さんら著名人を筆頭に多数の市民・専門家・保護者・教職員らが、東京弁護士会に対し、子どもたちの性についての学習権と自己決定権の保障を求めて人権救済の申立てをしたが、申立人はその後も次々と増え、現在は総数8125人に達している。

これに対し、東京弁護士会は、2005年1月26日、東京都教育委員会に対し、「子どもの学習権とこれを保障するための教師の教育の自由を侵害した重大な違法がある」として @ 教員に対する厳重注意の撤回、 A 教材を七生養護学校に戻すこと、 B 性教育の内容及び方法を2003年7月3日以前に戻すこと、C教育委員会は不当な介入をしてはならないとの警告を出した。 同弁護士会の人権救済には、要望、勧告、警告の種類があるが、警告は人権侵害の度合いが最も強い場合に、侵害者に対し改善を求めるものである。


 人間にとって性は生に関わる問題であり、すべての子どもたちは、性の学習を通じて自らを高め人格を完成させてゆく固有の権利を持っている。他方、現在の情報化社会において、子どもたちは、ポルノ情報ともいうべき性情報に無防備なままでさらされている。正しい知識を得られないまま、ゆがめられた性情報だけがひとり歩きし、子どもたちを性の被害者、性の加害者へとおとしめ、子どもたちの成長を阻害している。子どもたちに必要なのは正しい性の知識と自己決定能力を獲得するための学習の機会であり、大人にはこれを保障する義務がある。このような日本の状況に鑑み、 2004年1月には、国連・子どもの権利委員会からも、日本政府に対して子どもたちの思春期の性と発達について教育も含めて見直すよう勧告が出されている。

七生養護学校の「心とからだの学習」は、子どもたちに性に関する科学的な知識と、自分を守り様々な人との豊かな人間関係を築く自立と共生について教え、生きていくうえで不可欠な自己肯定感・生きる力を与えるものであった。学習指導要領の趣旨にも合致し「行きすぎた性教育」などと批判されるいわれは微塵も無い。保護者と教職員が子どもたちのために工夫し積み上げてきたすばらしい教育実践であった。
 ところが、上記の都議らは七生の教育の現実の姿にはまったく目もくれず、最初から「不適切」と決めつけて学校を訪れ、養護教諭らに威嚇的な口調で質問したり、教材の人形に着せてあった洋服をわざわざ脱がせて下半身を露出させ床に並べる等したり、ことさらに「心とからだの学習」を否定し、卑猥なものとして取り上げた。これは、いやしくも議員の地位にある者の視察の名に到底値しない行為であり、憲法26条が保障する子どもたちの学習権とそのための教師の教育の自由を著しく侵害するものである。また、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」と規定する教育基本法10条1項に真っ向から反する重大な違法行為である。
 本来、東京都教育委員会は、このような政治的圧力が加えられようとした場合はこれに屈することなく、圧力を排除して教育の自主性を守るべき憲法上・法律上の職責を負っている。ところが、都教委は、漫然と上記都議らの行為を放置し、さらにはこれに同調する立場に立って一方的な「調査」を行い、七生養護学校教員らに「厳重注意」し、自らかかる人権侵害に加担した。これは、政治的圧力からの防波堤としてあえて独立した教育委員会を置いた法の趣旨に反する自殺行為であり、教育委員会の責任は重大である。

今回の東京弁護士会の「警告」は、当事者双方に意見を求め、養護学校はもちろん幼稚園・小学校・中学校・高等学校・盲ろう学校に関する指導要領や性教育の手引き・指導資料等をもとに文部科学省・東京都ほかの性教育に関する政策の推移・内容をも子細に検討したうえで、本件人権侵害事実の実態を正確にふまえて判断したものであり、法律論も極めて手堅く説得的である。 「警告」の内容が社会の多数の願いに沿うものであることは、本件 人権救済の申立に対し短期間に前例の無い8000人を超える人々が申立人となった事実からも明かである。

申立人は、東京都教育委員会が、東京弁護士会の警告に従って、「教員に対する厳重処分の撤回」「没収した教材の返還」「以前の性教育への復活」「不当介入の禁止」をすることを求める。そして「これらの憲法、教育基本法に違反した違法な今回の行為によって被った生徒、教員、保護者らに対して謝罪をし、精神的被害を回復すること」「東京都内の他の学校においてもなされている性教育に対する攻撃や人権侵害をやめること」を厳に申し入れる。 人権侵害にあたる作為については以後それをせず、侵害状態の是正に作為を要することがらについては遅くとも2004年度(平成16年度)末日までに是正のための行動をとることを求める。そして、万一、この期間内に、何らの是正も図られない場合には、申立人らは本件申立の原因となった行為の人権侵害性、およびその人権侵害性を認識しながら放置した更なる違法行為を理由に裁判所へ訴訟提起するとともに、国連の子どもの権利委員会への報告措置をとることも辞さない所存である。

 

以上を明らかにし、東京弁護士会の警告をうけての声明とする。

 

2005年2月 9日

 

申立人  8,125 人代表:浅井春夫・斉藤弘子・高柳美知子・中原正木

弁護団: 児玉勇二・窪田之喜・齊藤園生・杉浦ひとみ・中川重徳・

木村真実・西田美樹・田部知江子・山下太郎・伊藤敬史・

                             小林善亮・山下敏雅・渡邊隆・稲見秀登・坂本雅弥   

※申立人とは
申立人とは この件について人権侵害であると思われる方であれば当事者でなくても「申立人」になることができます。名前だけでもよく申立書に年齢や住所は書きません。あなたのお名前を東京都や教育委員会に知らせることもありません。また、金銭的な負担はございません。

他方、さまざまな分野のたくさんの私達がいっしょに申立をしていることは、都知事や教育委員会などに再考を促す大きな力になります。可能な方は、おなまえとともに肩書・プロフィールも公表いただいて、みんなのパワーで子どもたちが性教育を受ける権利を守りましょう。

〈申立ての趣旨〉
東京都石原都知事 及び 東京都教育委員会に対し
七生養護学校がすすめてきた性教育「こころとからだの学習」を
不適切と決めつけて教材を没収しこれまで通りの授業をできなくさせた事件、及び都内の小・中学校での同様の事件について、
これらの措置を撤回し、

1)没収した教材教具を返還すること
2)二度とこのような措置をしないこと
3)二度とこのような事件を起こさないことを勧告する


☆申立呼びかけ人
・中原正木(日本民間教育研究団体連絡会代表世話人)
・斎藤弘子(家庭科教育研究者連盟代表)
・浅井春夫(“人間と性”教育研究協議会代表幹事)
・高柳美知子(“人間と性”教育研究所所長)

(申立代理人弁護士 児玉勇二・杉浦ひとみ・中川重徳・西田美樹・田部知江子)


☆申立人を募集しておりましたが、を1月26日に都教委に対し東京弁護士会が警告書を提出致しました事を機に締め切らせて頂きます。長い間ご協力をありがとうございました。

内容のお問い合わせは        FAX:03-3945-0794

info@seikyoken.org