| 人権救済の申立書 要約
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東 京 弁 護 士 会 御中 申立人 申立人代理人 〒 104-0061 東京都中央区銀座3ー3ー6 銀座モリタビル4階 児玉法律事務所 電話 03(3535)2754 FAX 03(3535)2755 上記代理人弁護士 児 玉 勇 二 (連絡先) 弁護士 杉 浦 ひ と み 弁護士 中 川 重 徳 弁護士 西 田 美 樹 弁護士 田 部 知 江 子
申立の趣旨 東京都石原知事及び東京都教育委員会に対し、 1. 東京都立の養護学校が、進めてきた性教育(「こころとからだの学習」)を、不適切とし、教材教具を没収し、これまで通りの授業をできなくした事件が発生している。また、都内の小中学校でも、同様の事件が発生している。 2.1)没収した教材教具を返還するように、 2)二度とこのような措置をしないように、 3)二度とこのような事件を起こさないように、勧告することを求める。 申 立 の 理 由 第1.事件 1 本件侵害のあった学校 東京都立の養護学校は、小学部、中等部、高等部の3学部からなる知的障害児を対象とした養護学校である。併設して入所施設もある。 2 本件養護学校での性教育実施の趣旨とその内容 ▼同学校では、高等部と中学部の生徒間で、性的な問題が、表面化した事を契機とし、何が原因で子どもたちの性的な問題行動を、引き起こさせてしまっているのかを研究してきた。 ▼一方、保護者たちは、痴漢に間違われ、家族と暮らすことができなくなった男の子、避妊の知識もなく、父親の違う子どもを何人も産んだ知的障害がある女の子などの重い現実に対し、専門家を呼び学習会などを開いたが、親の努力だけでは限界があった。教員間で研究活動や学習会を進めた結果、施設に入所している子どもたちは育ちの中で被虐待や家庭崩壊など、たくさんの傷を負ってきていることが多く、自分に自信を持つことができず、そこから生じる不安や心の隙間を埋めるかのように性的関わりを持とする傾向があることもわかった。 ▼その子どもたちの自己肯定感を育て、人格を立て直すためには、自分のこころやからだに向き合える「こころとからだの学習」が小学部の段階から必要であるという結論に至った。また、性犯罪から身を守るためにも「ノー」と言える知識の習得が必要であり、子どもにとって、具体的で分かりやすい教材・教具や資料を揃え、小、中、高等学部と一貫した性教育の実践を工夫しながら、入所施設、保護者の理解と協力を得て、「性教育検討委員会」という組織を立ち上げた。学校内での論議や研修会を何回も行い、全校的な合意のもとに、積み重ねてきた性教育実践であった。 以下、その代表的な具体例である。 @男女の性器の名称が入った「からだうた」と言う歌は、からだが、頭・首・手・足・・・とつながりのあることを、とらえにくい知的障害者児の現実から出発して工夫されたもので、教員と子どもたちが一緒に歌って、体の部位を確認するものであり、性器もからだの一部で、大切であることを習得させていた。 A「性器のついた人形を使って性交の仕方を指導していた」とされた人形は、言葉や図ではなかなか理解が難しい障害児たちに、男性と女性のからだの違いを知らせるために使われていた。必要な生徒には、妊娠や避妊と関連づけて「性交」の正しい意味を知らせるためにも使われていた。 B子宮を体験させる袋は、生まれてくるためにおかあさんも自分もがんばったこと、多くの人がお祝いしてくれたことを追体験するために作られた、教職員手作りの布製の大きな袋であった。障害があることで育てにくいことから、虐待などを受ける子もいるので、子宮の中で大切に育てられたことを体験させるために工夫された教具であった。 3 侵害行為 (1) @2003年7月2日、東京都定例議会で一議員が「からだうた」のことを取り上げ「最近の性教育は、口に出すのもはばかれるほど」と否定的な発言をした。 A4日、都議会議員数名と産経新聞記者ら十数名が、子どもたちがいる時間に同養護学校を訪れ、教材・教具を保管してある保健室に入り、教員を取り囲み、大声で非難し、保健室に来た生徒が怯えるような態様で調査を行った。この調査は、都教委が許可の下に行われたものであった。 B Aの調査結果については、保管されている教材人形の通常の使用方法を紹介することなく、わざとスボンやスカートを下げ、下腹部を露出した写真を撮り、翌日の産経新聞に「まるでアダルトショップのよう」と、事実をねじ曲げた報道をした。また、インターネットや街頭ビラによって、同様の誹謗中傷を繰り返した。 C 9日、都教育委員会は、30名を超す指導主事を同校に派遣し、教職員から「事情聴取」し、聞き取った内容を記載した調書には話した職員の署名まで求めた。 D 後日、保健室に保管してあったビデオ、書籍、人形などの教材・教具の大半を「押収」した。 (2)以上の行為が適正を欠いていること @本件学校の現場での性教育は、教育現場で、研究や実践を重ね、つくり上げてきた教育実践であったにも関わらず、都教育委員会は、その意図や用法について十分に検討せず、また、一度も授業を見ることのないまま、「不適切な教材・教具」と決めつけて押収した。 そして、教材・教具を未だに返還しておらず、その間授業をできなくしている。 Aその後、現場の教員の意見を取り入れることなく都教育委員会が作成した性教育の指針を、全都の公立学校の教育現場に押しつけた。 B一部の議員・マスコミ・団体は、都がこれまでの性教育の積み重ねに、不当な介入をしている事実に対し、容認し、上記養護学校や、性教育に取り組む他の小・中学校、個人に対しても、否定的な見解を示し、行き過ぎた性教育と決めつけることで、現場の教師を萎縮させている。 C産経新聞による事実を歪曲した報道により、該当養護学校の子どもたち、保護 者、教職員などの関係者は、言われなき噂などによる報道被害を受けている。
第2 その他の事件について 第1以外にも、性的教育に関する不当な介入が行われている。 (1) 障害児学校・障害児学級の例 “人間と性”教育研究協議会(性教協)の季刊誌『セクシュアリティ』に実践記録を載せた養護学校高等部の教員と、小学校障害児学級の教員の実践内容が、一部の都議会議員から、不適切な内容であるとの指摘があり、突然、校長に呼ばれ、様々な聞き取りがあった。 (2)A小学校の例 ▼9月18日、都教委の指導主事二名、A市教委二名が学校に来て、「適正な性教育の指導及び適正な指導のあり方について」と、養護教諭に対しての指導を行う。指導項目は、「性交」は取り扱わない。 ▼コンドームの教育は中学校でも問題。公教育ゆえに、一部のものであってはならない。発達段階に応じた指導をしていただきたい。などであった。至る経過では、6月初旬、性教協主催の全国夏期セミナーで実践提案を予定していた養護教諭に対し、校長より、指導案、レジュメ原稿、掲示物、教材教具の点検と、指導があった。6月下旬、『セクシュアリティ』の原稿執筆内容、夏期セミナーの発表内容について、A市教委、指導主事による聞き取り調査があり、さらに、7月1、3日の産経新聞発表後も、セミナー発表のための資料について指導が再三に渡り行われ、発表の取りやめの要請もあった。 ▼ 11月、市議会議員が学校に訪問。保健室で、子どもようの本棚をチェックし、「私物と学校のものと一緒に入っているのか」などと調査し、保健室登校の児童の勉強している奥の本棚まで行こうとしたので、「子どもが勉強中なのでやめてください」と言うと、ようやく退室した。その後、夏期セミナーにて盗聴された養護教諭の模擬授業のテープが、市議会議員に渡り、指導室にその録音内容を聞いてきた校長より、行き過ぎがあったとの指導を受ける。 (3)B中学校の例 ▼B中学校の1年生学年会は、二学期は学年全体で「生と性の学習」について取り組むことを決定した。その取り組みについて保護者に知らせたところ、一人から、指導の内容を知りたいという手紙が届き、さらに、神奈川県の公立中学校教諭とともに来校し、授業の内容について抗議して帰る。その後、教育委員会に「自慰や同性愛を容認している」などと電話し、指導主事か聞き取りに訪れた。はじめに保護者に同行してきた神奈川県の教諭は、インターネットなどで、学校名や個人名をあげた誹謗中傷を繰り返した。10月27日午前、指導室長らが訪れ、養護教諭らに対し、事情聴取をし、以下のような指導をした。 @年度当初の指導計画に沿って指導するように A総合学習は生徒の自主的活動の時間であるから性教育に使用すべきではない。 B「『ラブ & ボディ』 BOOK 」は資料として不適切。 この結果、この中学校は当初予定していた総合学習の中での性教育を中止することになった。11月18日朝日新聞『声』に、「子どもたちのための性教育を続けたい」との思いを投稿した養護教諭に対して、指導室長が即日に保健室に来て、「行政処分」をするという発言をした。 (4)C小学校の例 5年理科の学習で性教育を実施していた。2002年12月24日、『産経新聞』の全国版に「五年生に過激な性教育」という記事が出て、C区内が大騒ぎになった。1月14日に『週刊 新潮』が、大きく記事を出した。しかし、これは学校にも、担当教員にもいっさい取材しない記事であった。 (5)D区では、区議会議員による教育内容への介入があった 11月20日、D区の小学校では、「性教育をやっているものがいるらしいが、どのような性教育なのか、内容を公開してほしい」資料を提出するようにと、要求された。その後、校長が性教育を実践することに慎重になり、その後、普段以上に計画を提出させ、「性交」を授業で扱うのは頑として許可しなかった。 (6)E市の小学校の例 1年担任は、子どもたちの現状を考慮し「こころとからだの学習」をおこなった。この授業は1年生の保護者から高い評価を受けていたが、一・二名の保護者が、新聞社に電話し「小1の授業で性教育」と報道された。都議会で12月に都議会議員が非常識な性教育と非難し、K県の教諭から職場に、反対意見を訴える電話があったり、直接来校して、授業を見せるようになどと要求された。市教育委員会には、事前に、道徳の授業でからだの「プライベートゾーン」の学習をすることを報告していたが、その際には何の指導もなく、新聞報道後、態度を急変させた。1年生担任は、新聞報道以来、毎日を怯えながら仕事をせざるを得ない状況となった。 (7)F市の小学校の例 感動して涙を流す子もいたほどの性教育(出産に関わるビデオ)に関する授業が実施されたにもかかわらず、2003年4月10日、『産経新聞』紙上にて、「(授業については)事前に校長が不適切と判断し、授業を止めさせた。」「市教委は『児童の発達段階に配慮せず学習指導要領の逸脱。あってはならないこと』としている。」「都教委は『教諭の判断は不適切だった』としている」等と掲載され、不適切ゆえに授業が実施されなかったような報道をされた。また、実際には市教委・都教委からのその様な発言もなかった。さらには、同校は産経新聞からは取材も受けていなかった。 (8)東京都の社会教育事業におけるとりくみへの妨害 青少年センターで、命、体、性感染症、薬物などについての講座を行っていたが、2003年2月に都議会議員が、都議会で一般質問し、その後、実施ができなくなった。その他、公民館などの「性に関する講座」などの予定が中止されることが相次いだ。 ※その他申し立てにはたくさんの実例が挙がっている。
第3性教育の必要性 1 性を巡る現状 現代の社会では、メディアによって性的な情報が氾濫し、それは極めて商業主義的なペースで、より好奇的に過激に垂れ流されている。また、インターネットの普及により、たやすく情報の流通が行われている。自らの性が、いかにして守られるべきなのか、自己決定の力をつけていくための科学的な知識も持たず、性の商品化に巻き込まれていく子どもたちもいる。性交年齢の低年齢化、性感染症の蔓延、性被害・加害、性搾取の実情など、どのデーターや報告を見ても、子どもたちの性を巡る事態は深刻である。
2 事実を知らせ教えることで、被害を回避できる ▼このような状況の中で、子どもたちに、性の情報を与えないように垣根を作ることは不可能である。情報の受け手に、適切な判断をする能力を備えさせることで、有害な情報から自己を守るようにするしかないのである。このような方法は、これまでも社会が対応策として行ってきたことである。薬物については、政府広報は、国民にその害を知らせ、子どもたちにも「覚醒剤の害」についての知識を与え、たばこの害についても、真っ黒になった肺の写真を保健室の前に貼っている。なぜ、性に関してだけ、その意味を科学的に知らせることができないのか、子どもたちの疑問にも応えず、視野から隠そうとさせるのか、そのことのほうが奇異である。 ▼たしかに、これまで、性を扱うことがタブーとされてきた既成概念があった。しかし、すでに性教育を推進している国は、性教育やセクソロジーを学問として位置づけ、教職養成過程で必修にしている国もある。性をタブー視していたアジアにおいても、真実を教える性教育に移行している国も多く、そうした現実からも、社会意識は、変容しうるものであり、今回の性教育批判は、時代や世界の動向に逆行しようとするものである。 3 なぜ、障害児にとって性教育が必要か (1)知的障害者は、その障害及びそれに伴う成育過程ゆえに、理解力や人と関わる力の弱い場合が多い。人間としての豊かに成長、発達は、障害の有無にかかわらず保障されるべきである。そのためには、他人と関わる上で、障害のない人以上に、性の学習が必要になる。 (2)何にもまして、障害のある子に性教育が必要なのは、その行為の意味が、なんたるかを理解できないために、性の被害を受けやすいことである。このような事例は枚挙に暇がない。 4 性虐待の現状 ▼女性受刑者の七割以上が18歳までに性虐待を受けていることが厚生労働省の2001年の調査で明らかになっている。被虐待児は容易に加害者に転換することもよく知られている。リンダ・ハリディは、「性虐待の加害者は、平均すると13歳から15歳までの間に、最初の性虐待を実行している。」と述べている。 ▼少年犯罪の多発の影に、子どもへの虐待に対し、有効な手立てがとられていない、被虐待児へのケアがされていない、という重要な問題が隠されている。子どもが性的な興味を持ち、性行動を活発化させるということは容易に性的虐待の被害者になってしまうということを意味する。実際、出会い系サイトで事件として扱われた案件の内86%が子どもであったと警察庁の木岡氏が報告している。
第4 本件事件の権利侵害性 1 子どもの権利侵害 @ 知る権利(憲法21条) A 教育を受ける権利(憲法26条) B 幸福追求権 (憲法13条)など 正確な情報を与えること、正確な教育を受けることが妨げられることによって、身体の安全や精神の健全な育成が害されるのであから、知る権利および教育を受ける権利に対する侵害である。 また、性的事項について正しく判断するための情報を得られないことは、自己の自律的な判断によって、身体の安全と精神の健全の確保を困難にする。したがって、幸福追求のための重要な権利である自律的自己決定権を侵害するものである。 2 親の権利、親の教育の自由侵害 @ 教育を受ける権利 憲法26条 親は、自分の子どもに対してどのような教育を受けさせることが、最も適切かを判断し、教育を施すことは親にとっても自由である。 A幸福福追求権(憲法13条) わが子が、性的な権利を不当に侵されることなく、健やかな生育をすることは、親にとっても心穏やかであり、特に子どもが性的被害を受けることも、性的加害を与えることも親にとっては、大変な苦痛である。 3 教師の教育権、教育の自由 憲法26、23条からくる教師の教育権、教育の自由の侵害、教育基本法10条1項の教育への不当な支配、不当な侵害に該当する。 4 本件は、 憲法24条(家庭生活における個人の尊厳と両性の平等) 教育基本法5条(男女共学) 男女共同参画社会基本法2,4条 ユネスコ96年「教員の役割に関する勧告」 子どもの権利条約2条(差別禁止) 3条(子どもの最善の利益) 4条(国の実施義務) 8条(アイデンティティの保全) 13条(表現情報の自由) 19条(親による虐待、放任、搾取からの保護) 23条(障害児の権利) 28条(教育への権利) 29条(教育の目的) 34条(性的搾取・虐待からの保護)、障害児の権利宣言、女子差別撤廃条約などにも違反するものである。 第5 世界の趨勢 北欧の性教育については、周知のところである。アメリカの性情報性教育協議会SIECUSは、さまざまなデーターを分析しながら性教育のプログラムを作成し、コンドームなどを使って具体的な予防策を教えている。アジアの中でも、中国、台湾、ベトナムなど、さまざまな国でも、正しい知識を具体的に教える性教育が進み、研究交流が行われている。今回「性交人形」として押収された教具はアメリカで開発され、世界二十三カ国に輸出され、子どもたちの性虐待、性被害の防止教育などに使われているものであった。 第6 結論 以上によれば、本件の都教育委員会の行為は、子どもが正しく性教育を受ける権利、正しい性知識を持てないことによる身体の安全の保持を侵害する行為であり、また、親の子どもに対する教育の侵害であり、また、教師の子どもに性教育を行う教育の自由の侵害である。すなわち、国民の教育に関する権利への不当な介入であり、国民の幸福追求権を侵害するものであることから、本件人権救済を申し立てる。
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