"人間と性"懇談室8月例会 感想と報告

  『俳句とエロス』 2010年8月20日

   

感 想

  俳句は詠み人の感性を五七五の十七文字の中に季語を入れて表現するものですが それにエロスが加わった途端に:人間の生と性:が絵画のように生き生きと目前に現れた気がしました。

  性器 性愛 アクメを比喩した文字が いちじく 桃 髪 蛇 あお揚羽 花冷え 身をそらす虹…など、隠微な美しさに例えた文字の系列に魅了させられます。俳句でこんなにドキッと衝撃を感じたのは初めての経験です。

   エロスの俳句を絵画と例えたなら、ピカソが彼独特な描写で、性をいやらしくなくデフォルメ化した描写法と、ゴッホの多色使いで炎のような熱いうねりのある力強い筆使い描写法をミックスしたようで、詠み人の情愛の強烈さを感じました。

  更に日本語の文字や表現の美しさが際立っていて… 湯あみ 髪地獄 シュミィズ 容れ(入れでなく容器の容れを用いた表現がなまめかしく美しい) すべての文字を含めて上質な エロチシズムを感じさせます。
 懇談室の皆さんが、俳句から探り当てた素敵な性の再発見もあり、また各自の好きな句を選んだりして話題が弾みました 。

  俳人達の刺激を受け、私なりの句を作って、皆さんに紹介しました。高齢恋愛だからこそ 一秒のトキメキも大切にしたいとの想いで作った句です。(桂木詩織)


 一秒の重み三恋歌


☆ 一秒の キスは ルージュ(口紅)の エクスタシィ  エレベーターでの  桃色吐息

☆ 一秒の ハグは 乳房の 押印書  無記名式の  ラブサイン

☆ 一秒の 握手の 温もり 持ち帰り 危なげ恋の 余韻楽しむ


話題提供者のレジメとまとめ  青木 清

 

☆夕顔の女湯あみすあからさま 正岡子規

 近代俳句の父。結婚はしていないので同居の妹の行水姿か?「 あからさま」に近代を予告する性への開放が表現されているか?

☆黒髪の蛇ともならで夜長かな 日野 草城

 草城は近代(大正)初めてエロスを表現した俳人。黒髪の蛇とは、ギリシャ神話・メデュウサの故事から、顔を見たものはみな石にされる蛇の髪を持つ女。愛する少女(同性愛)の前では髪も蛇にならないところからくる一晩中愛し合ったの意。

 大正という時代を背景に、戦後の句「おそるべき君等の乳房・・」と比較してください。

 ・ 中年や遠くみのれる夜の桃 西東 三鬼

 三鬼は生涯36人の女も変えた罰当たり?この時代の中年の概念は、今と少し違いがあるかなという感じが見えます。夜の桃は女性または女体

☆おそるべき君等の乳房夏来る 西東 三鬼

☆あお揚羽母をてごめの日のくれは 八田 木枯

 「自らの脳中に繰り出す幻影、言い換えれば、狂気である」久保氏の言にあてはまるか?願望?幻想?または現実?「手をあげて母と溺れる春の川」の句があり、母子相姦も考えられる。あお揚羽のイメージが幻想的。

 黒田杏子はジェンダーの戦士。いちじくを割るは女性器を開くイメージ。男だけでなく女にとっても女性器は神秘なものか?

 「黒髪の蛇ともならで・・」の句と重なるが、天井桟敷の主催者・「書を捨てて街に出でよ」と呼びかけた寺山。母は駐留軍のメイド。乱れた性生活を垣間見て育った姉も・・・ 色狂いといわずいろはといったのがお手柄か。

 戦後・女たちはシュミイズ姿で台所や居間に。スリップやキャミソウルではエロスにはならない時代の雰囲気がある。

 私の好きな句。3月末の夜桜見物。浮かれ心と冷え込みが人肌を求めて。

 ・ 葬ひのある日もっとも欲情す 上野 ちず子

 東大教授上野千鶴子の句。生と死の間にあるのが性。それを実感するとき。

 出口の見えない昼の闇。男と女の業か。川柳作家・時実新子は不幸な結婚生活で、夫のDVや浮気に悩まされる。俳句と川柳の境がなくなった。「穿ち・軽るみ」がないので俳句とする。

 性交の後・オスを食うというカマキリ。直接人間の性を読まなくてもエロスを感じさせる句。

 戦後、前衛俳句の旗手といわれ現在も健在。東大卒で日銀へ就職。組合委員長であったためか生涯金庫の鍵の番。閑職で終わる。抑圧されたエネルギーが俳句に結集したか。

 

「エロチシズムとは全世界を再構築方法・思想である」 久保純夫

 私たちの日常は、帰属するさまざまな社会の規範によって、規制され、逆に自身の常態を機能させている。エロチシズムはその対極に存在するものである。(中略)かって上野千鶴子はエロチシズムを、「時代と文化に規定された発情のシナリオ」と発言している。 (中略)

 エロチシズムの規範に存在する愛欲は、もののかたちとしての美を味あうものではない。人間の欲望は常に、頭脳の中で生成される。つまり、その対象は、自らが構築する幻想に存在することを意味する。自らの脳中に繰り出す幻影、言い換えれば、狂気である。それは日常の規範を易易と逸脱し、自身の枠組みも解放する。したがってあらゆる事象がエロチシズムの対象となる。

(月刊俳句界2010年6月号から) 

 

「女性が選ぶエロスの句」 櫂 末知子

 転向してきた美少女の胸の谷間が、Tシャツから見えてどきりとしたことがある。(中略)

 エロスというと、より直接的なものを想像する人がいる。しかし、日常で感じるエロスというものは、もっとささやかなものである。

☆やはらかき身を月光の中に容れ 桂 信子

 湯船に浸り、浴室の窓を開けて月光を招き入れた。自己愛と開放感が重なった女性ならではの句。

☆女身仏に春剥落のつづきおり 細見 綾子

 奈良・秋篠寺の技芸天。金箔が剥がれて木目が現れる様から裸体が現れていくと連想。

 姫はじめは正月明け初めてのセックス。時実新子の『昼の闇』と比べて美しい闇。

(月刊俳句界2010年6月号から)

高柳 重信 1923年(大正12年)7月8日東京市小石川区(現文京区)生れ。父の市良は群馬県佐波郡出身で、大蔵省技手、建築請負業を経て戦後は印刷業に従事。黄卯木(こうぼく)の俳号を持つ俳人であった。本名は高柳重信(しげのぶ)、俳人 としては「じゅうしん」を自称した。東京府立第九中学校早稲田大学専門部法科卒業。                

3行ないし4行書きの多行書きの俳句を提唱、実践し金子兜太とともに「前衛俳句」の旗手となった。後年、山川蝉夫という別人格を登場させ発想と同時に書ききるという、一行の俳 句形式も行った。俳誌「俳句評論」代表。総合誌「俳句研究」(俳句研究新社)編集長を歴任した。同誌では夏石番矢摂津幸彦らを見出した。妻、高柳篤子(後に渡米し、広岡マリの名で画家として活動)と離婚後、俳人中村苑子と生涯をともにしたが、結婚はしなかった。歌人の高柳蕗子は篤子との実子。一時は篤子に引き取られたが、後に重信のもとに戻って育つ。「人間と性・教育研究所」所長・高柳美知子の兄。

前衛・高柳重信

 高柳重信は自分を偽前衛・遅れてきた前衛と言っています。真の前衛は正岡子規。それまでの俳諧の発句としての575.あとに77(付け句・揚句)をつけた。揚句の果ての言葉もこれを指すようにマンネリ化・社交の場の遊びとなった俳諧を月並み句と批判し、俳句と命名し文芸とした。その後、尾崎放哉「咳をしてもひとり」・種田山頭火「後姿の時雨れて行くか」といった575にとらわれない自由律の出現や反戦句や社会批判を織り込んだ句が生まれた。俳句の三要素・季語・切れ字または切れ・575という定型に対する疑問や花鳥風月を読むことに飽き足らず、あるいは口語で詠むといったさまざまな試みが行なわれた。

 高柳はかならずしも三要素に異を唱えているわけではない。しかし、季語が入っていて、切れ字が使われていて、575なら、それで俳句といえるのかという疑問をあらためて提起したのではないか。日本語のリズム(575)・言葉の持つイメージ・言葉と言葉の組み合わせから生まれる緊張感とイメージをもっと大切にしなければならないと訴えているのではないでしょうか。(以上は誰かがそういっているというのではなく私自身の解釈です。(青木清) 

 

◆業平忌赤い布団がほされけり

 業平忌は5月28日・美男といわれた在原業平と重なる赤い布団から昨夜の閨事が透けて見える。

業平忌が季語・けりが切れ字。

 

◆身をそらす虹の(ミオソラスニジノ)

  絶巓 (・)     (ゼッテン)

          (・・・・)

  処刑台    (ショケイダイ)

 

  エクスタシーの表情。体形。アクメからストンと落ちて空白に(一行の空白の行があります)。死をイメージさせる処刑台。

  生の絶頂と死のイメージの間にある性。シュールレアリズムのダリの絵を想像させます。

 

◆泣き癖の

  わが幼年の背を揺すり

  激しく尿(いば)

  若き叔母上

 言葉のイメージ・言葉の組み合わせから生まれるイメージのなかで、私たちは何を感じるのでしょうか。人によってはこの句からは何も感じないということもあるかもしれません。また感じかたもさまざまなのかもしれません。

  たとえば「泣き癖の・・・」句では、「激しく尿る」にエロスを感じるのでしょうか。それだけでは感じずに「若き叔母上」をまって初めて感じる人もいるかもしれません。しかも単に若い娘ではなく、「若き叔母上」と表現したことで作者との関係性まで覗き込んでドキッとするのは私だけでしょうか。このドキッとする瞬間こそ私のエロスなのです 。

・ 遂に                           

 谷間に
 見出だされたる
 桃色花火

「俳句とエロス」プラトンは最も高次元の愛を「エロス」といましたが、性欲を刺激するものも含めて、いわば形而上のエロス・形而下のエロスが存在します。それが言葉によって運ばれてくるとき、どのような世界を創り出すのか、詩の中での最も短い形式の「俳句とエロス」を取り上げてみました。            

 色気・色香・性愛・欲情・愛。あなたはエロスというふり仮名をつけてどの文字を選びますか?