"人間と性"懇談室6月例会 感想と報告

話題提供  『非行・犯罪の原因となっている性』の事例報告  

感想 桂木詩織

 問題のどれもが性を自己快楽だけの対象としていて、又その場限りの優しさや甘言を借金をしてまで買い求める悲痛な女心が哀れです。

 軽はずみの性的欲求が何を生み、どんな結果をもたらすかの予測無知は低俗な性情報の蔓延と、性が双方の心身共の癒やしや絆となるべく性教育が、学校 家族間 メディア等でなされていない現状がありますが…

 問題が起きてしまった場合、当事者達が冷静に受容しトコトン話し合うのが先決だと思います。激情して責任のなすり合いは打開への道は開きません。解決策に親が支援し過ぎても却って本人の自戒力を削ぎかねません(私は夫の借金を立て替え夫が甘えに便乗してしまい失敗)

 大切なのは本人の苦い経験を“これからの人生に どの様に活かせるか”と負の要素を正に転換させ有用性をもたらせる姿勢ではないでしょうか。?

  最後に性は、狭義なバロメーター式の情報知識でなく広義な智恵で 心身共に最高に素敵なエロスを感じるハイレベルな生と性を学習課題としていきたいと思うのです。

 

話題提供者のレジメ

 

『非行・犯罪の原因となっている性』の事例

1 娘の性体験に驚愕狼狽する母。

 

2 娘が妊娠。相手の青年は、学校にも行かず働きもしない、親から見て何とも頼りない男だが、どうしても産 むという娘をどうするか。

 

3 息子が交際相手を妊娠させたが、息子には結婚の意志がない。相手はどうしても産むと言って結婚を迫るが 息子の親としてどうしたらいいか。

 

4 16歳の娘が30歳も年長の妻子ある男性と親しくなり、反対したら家を出てしまった。現在は消息不明。

 

5 娘はキャバクラに勤めて家を出てしまった。かなりの収入を得ていたらしいが、やがてホストクラブに熱中 して、のめり込み、サラ金から高額の借金をして困っている。何度も親が始末したが、もうできない。今は

 30代の娘。

 

6 性犯罪の常習になった息子。少年院にも入ったが更正できず、成人になって逮捕された。まだ繰り返そうと しているが、親としてどうしたらよいか。

 

7 夫と娘が父子相姦に。妻として母として、どう対応したらよいか。

 

8 ストーカーになってある女性に迫った。彼女は逃げ続けてどうしても自分を受け入れてくれなかった。ある 日、逃げる途中で彼女は事故死してしまった。自分は罪に問われていない。犯罪を犯したとも思わないが、ど うしたら彼女の霊を慰められるか。

 

 話しあい

2、3の事例について

 日本では、避妊も中絶も認められている。にもかかわらず産むしかないのはなぜか。どうしても産むというのは、子どもが欲しいのではなく、相手と別れたくないからだと思う。または、意地になっていて産むと頑張っているのではないか。

 産むと頑張って産んでも、子どもが可愛いわけではないし、多くの場合、相手とは別れる結果になり、幼児虐待などの事例に繋がっていく。

 性教育が「純潔教育」だけである場合には、とかくこういうケースが多くなる。中絶が悪のような教育がされると、過剰に反応して産みたがったり『14歳の母』などのドラマの影響なども、見過ごすことはできないと思う。安易に産むことを褒めるような風潮は問題。

 中絶についても、可能な期間のあることをしっかり教えるべき。

 今の女の子は、性教育が無いせいか、自分の月経周期すら知らないケースもある。そのため、中絶可能期間を過ぎて5ヶ月以上になり、お腹が膨らんできて初めて本人が気づくケースさえある。

 母親との関係が薄くなったのも一因ではないか。母親が子どもの身体の変化に気づく機会があるはずなのに、まるで気づかないまま、中絶可能期間が過ぎてしまうこともあるようだ。

 

6の事例について、話題提供者の補足。

 性犯罪は、だんだんエスカレートしていく。単純なレイプだったのが、駅などで待ち伏せし、家を突き止めて侵入してレイプする。強盗を働き、口止めのためにレイプする。出会って相手に眠剤などをのませてレイプするなど、手口が残忍になっていった例もある。

 

7の事例について

 相談者は、出口のないトンネルのなかで立ち往生している状況にあるが、当事者で発言した女性は、これが解決ということが無くても、自分の問題を考えてもらえることで、励みになったと言っていた。寄り添い活動の重要性がここにある。

 事例の母親は娘を連れて離婚したが、離婚しても問題は解決しない。やはり寄り添い活動に問題解決の糸口があるのでは。

 父子相姦の体験を持つ画家になった女性で、父子相姦を作品のモチーフにしている例がある。描くことで解決の糸口を探っているようにも思う。

 駆け込み寺では、依存の問題があるが、そこでも寄りそいが大事にされていた。派遣村の活動やホームミーティング活動も寄り添い活動だと思う。

 

 どの事例を見ても、昔からあった事例で、今日出てきたのではない。事例から考えられることは、人間はどうなっても生きねばならないということであり、どんなことでも受け入れて生きていくしかないということではないか。自分の性を受け入れて生きていくしかない。つもり積もった恨みや悲しみを、どう発散させるかが大事だが。

 男の性について考えると、性欲の処理についての教育がない。教科書には自慰が載っていない。人に迷惑かけない性欲の処理については知識を与えるべき。

 

 

 

 

 

 サンデー毎日の取材

 

 例会時に『サンデー毎日』6/29発売号の「熟年の性」に関する取材があり、以下のようなコメントが話し合われた。

 

1 セックスはいつまで可能か

 言い古されたことではあるが、セックスを勃起して挿入するという行為にだけ限定すると、勃起して射精できるのは何歳くらいかとか、膣が潤い挿入されることが可能なのは何歳かなどという論議になる。それは肉体的快感についての論に過ぎない。

 健康であれば、肉体的には80代半ばまでは勃起可能だし、92歳でも可能な人を知っている。老人施設では、トイレで自慰をする85歳の男性も見たことがある。個人差のある身体と心の問題だから「何歳までセックス可能か」という論の立て方が間違っている。

 

 エロスという観点から考えれば「死ぬまで」という答になる。エロスは、脳で考える「想念」としての性だから、年令に関係ない。肉体的には挿入不可になったりしても、女性に対する感情は変化していない。むしろ年をとるにつれ発達する感さえある。人とのふれあいに喜びを感じ、やさしさやいたわりが先行することで、男女の繋がりが新たに生まれる。そうなると、怒りや支配などの感情に左右されることも多い性的欲求は抑えられ、挿入は抑制される。

 

 高齢になってくると、男女とも性行為に重さがある。抱いてもらうことと言葉による優しさが相まって、重さが増してくる。肉体的なものも言葉によるものもどちらも大事。

 男性の場合は、肉体的なシンボルとして性器があるから、性器に対するコンプレックスは強い。90歳の男がバイアグラを使用してペニスを勃起させ、それを見て自己満足しているという事例もある。性器が反応しないと寂しさを感じる。勃起しなくなると性から遠ざかり、場合によってはプラトニックラブを持ち出して自分を守ることもある。

 EDは、男としての自信が無くなること。しかし、それにより日常生活上はやさしさが増すこともある。

 

 日常的には、強引に進めるのがよいとの男の思いこみと、男を立てようとする優しさや、早く終わらせたいとの願いからフリをする女との間には、ズレが生じている場合が多い。

 ふれあいがエロスであることを互いが十分知る必要がある。

 

2セックスは寿命を延ばすか

 性的意欲を持っている人は、生きる力も強い。恋や性は外に向かっての行動になるから、それの薄くなった人の場合は、体の不調など自分の内へ内へと関心が向き、活動も不活発になって、結果としては寿命が短くなることもあり得る。それらの実情からは「セックスは寿命を延ばす」と言えるかもしれない。

 性は生きる意欲の表れだから、飢餓状態になったり、死に直面したりすると性欲が昂進することもある。死と性は裏表の関係にある。性は生に通じる。