"人間と性"懇談室10月例会 感想と報告

                                                    2017年10月11日

    『手と足をもいだ丸太にして返し  

                   話題提供:青木 清

 

  『キャタピラ―』鑑賞

 

 鶴彬の代表的川柳「手と足をもいだ丸太にして返し」をイメージして作られたという「キャタピラ―」を鑑賞することから例会を始めた。

 主演の寺島しのぶがベルリン映画祭で最優秀主演女優賞を受けたことで話題となった作品。

・ あらすじ

 1940年、とある農村に住む青年、黒川久蔵は日中戦争の激化に伴い徴兵を受け、戦地へと赴いた。それから4年後、久蔵は頭部に深い火傷を負い、四肢を失った姿で村に帰還する。戦線で爆弾の爆発に巻き込まれた彼は、声帯を傷つけて話すこともできない上、耳もほとんど聴こえない状態になっていた。「不死身の兵士」と新聞に書き立てられ、少尉にまで昇進した久蔵を村人は「軍神様」と呼び崇め称える。しかし親戚たちは彼の変わり果てた姿に絶望し、妻であるシゲ子に世話を全て押し付けてしまう。

 シゲ子は無理心中を図り久蔵を殺そうとするが思い留まり、軍神の妻として献身的に尽くすようになる。戦地に赴く前は表向き好青年として通っていた久蔵は、実は欲深く暴力的な性格の男だった。彼は体に残された知覚で意思を伝え、美味な食事、自身の名誉の誇示、そして性行為をシゲ子に要求し続けていく。

 1945年、久蔵はたびたび発作的な錯乱に見舞われるようになり、次第に勃起不全になっていった。彼は戦地で炎に焼かれる屋敷内で中国人の少女を強姦、虐殺した記憶に苛まれていたのだった。それを知らないシゲ子は、かつて暴力によって自分を支配していた夫への憎悪や怒りを爆発させ、気性が激しく性欲が旺盛な本性を露わにする。四肢を失い一切の抵抗ができない久蔵は、シゲ子のその姿が過去の自分の姿と重なるようになり、日に日に正気を失っていく。

 夏になり、畑仕事をしているシゲ子の元へ村人の間では変人として敬遠されている男・クマが現れ日本が降伏したと伝える。戦争を忌み嫌っていたクマは「戦争が終わった。万歳」と叫び、シゲ子も晴れ晴れとした表情でそれに続く。2人が喜びの声を上げるそのすぐ傍で、家から芋虫のように這い出した久蔵は庭の池へと向かっていた。

  鑑賞後の感想

 あまりにひどい戦争体験が展開された。

 戦場の凄惨さではなく、ある意味「日常性」の中にある凄惨さと虚しさであるから、より重苦しい印象を与えた。

 暗く凄惨とも言える場面が続き、それぞれが深く考え込んでしまい、感想を出し合う状況が作れなかったほどであった。

 人間として最後に残る欲求が「食欲」、「性欲」であると伝えたかったのだろうとは、参加者が受け取れた共通の感想であった。

 

 傷痍軍人については、路上で白衣を着て募金を募っている状況に遭遇している参加者ばかりだった。その中には手や足のない人がいたことを記憶している人もいた。

 何年かして、傷痍軍人はいなくなったが、彼らはどこに行ったのだろうか。まだ亡くなってしまう年齢ではなかったはずだがとの疑問に、職業訓練を受けて自立したのではないかとの発言があった。

 生活はどうしたのだろうか。軍人恩給の支給はどうなっていたのかとの疑問も出された。

 

● 疑問の解明。

・ 傷痍軍人の職業訓練について

 傷痍軍人は、1943年時点では234万人強数えられている。

 1938年には、病院内でリハビリが実施されていた。日中戦争勃発前後から、職業指導、就職斡旋、職業再教育、職業補導などが行われていた。

 1942年には、2年、1、5年、1年などの訓練があり、充実していた。

 1948年には、国立身体障害者公共職業補導所が解説された。1958年職業訓練法が制定された。戦後から1960年代は、発展準備期であった。

 

 軍人恩給について

「戦傷病者戦没者遺族等援護法に基づく援護」という法律が昭和27年に制定され、援護が開始された。

 

 上の法律に照らせば、昭和27年以前には法律による支給は無かったことになる。戦後すぐの混乱期には支給する環境になかったのかもしれない。

 ドラマに当てはめれば、終戦までの間は保障されていなかったことになる。

 

 ドラマの主題は恩給や職業訓練ではないが、リアリティを持たせる一助と考えた。