母を描く  bR

研究員 坂口せつ子

 

入院している母は特殊な治療を受けるような状況ではありません。

 転倒したことによる右足大腿部の骨折を手術をしたため二足直立歩行が出来なくなり「療養型病棟」で療養中なのです。

 私は毎日病院の夕食時刻少し前に病院に行き母を車椅子にのせて散歩をするのです。夕方の散歩は101才の母には気をつけないと風邪などを引かせてしまうことにも成りかねないので、連れ廻る場所の選択は気をつけなくているのですがはそのコースの本当に片隅に一枚のかなり大きな水彩画が寄贈品として飾られているのです。

  それは、千曲川の岸辺からかなり高いところにある公園を下から見上げた風景で、その先端は下の県道の道幅の半分を覆うかんじになっています。県道ですから私自身も利用することはしばしばあるのですが、時々その先端から土石が崩落するときの災害に道路はその崖下をさけて通るように強く湾曲しています。

 その道路にそって千曲川は流れています。そこに飾られている100号くらいの絵はその姿をリアルに素朴に描かれています。

 その場所は病院に通ってくる患者の待ち合い所にもなっているので、並べられている椅子にかけてこの絵を鑑賞することがしばしばで、私は母の反応を待つ気持ちなのですが母はいつも「千曲川の絵だ」と感慨深げに眺めて、「小網(私の生家 母の嫁ぎ先)にいく道はこれからずっと手前だ。この絵にはない」と言います。

 母は、舅 姑のいる家の長男である父と20才で結婚したのでした。次々に生まれる子ども、 舅 小姑のいる家での毎日は息が詰まるようであったと101才になった今も話します。

 つらくてたまらない日は夜になってから家を抜け出し、千曲川をわたって……千曲川にかかっている橋は今でも母の生家と私の生まれたところでもある母の嫁ぎ先を往復するにはこの千曲川に掛かる橋をわたる以外に道はないのに、夜中に一つの照明のない山坂の道と、当時はどのような橋があったのかその痕跡もない道をどのような思いで歩いたのであろうか?