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研究所 相談員    

文・イラスト 佐藤 晴世

(1) プロローグ


 これから、幼児の性と生を考えるにあたり、まずはこのうまれたばかりの、誰かに保護してもらわなければ生きていくことの出来ない幼い子どもの生きる力について私の体験も織り交ぜながら語ってみたいと思います。

  今まで一番居心地のよい、母の体内が窮屈になった胎児は、自ら生まれ出る決心(決心という言葉がふさわしいかどうかは別として)をします。 せまい産道を通って、生まれ出た赤ちゃんは、これから自分が生きていかなければならないこの世界をどのように知って行くのでしょうか。これから、皆さんとしばらく赤ちゃんの世界を覗いてみましょう。

 このまだ言葉も獲得せず、目もはっきり見えず、音の洪水(新生児は音を選択することが出来ないので、その耳は不必要な音まで拾っています。)に怯える新生児は、両手を必死に広げたり縮めたりしながら自分が、つかむべき保護者を捜します。そして、あたたかくやわらかな母の胸に抱かれたとき、はじめて自分がうまれてきた世界の恐怖から、解放されるのです。 

 今、医学の世界では、生後30分以内に母親の胸に抱かれ乳房を吸うことができた新生児は生命維持に関するあらゆる組織が活発に働く事が実証されています。また、母親自身がこの30分以内の我が子への接触と母乳を飲ませる(この段階ではほとんど母乳は出ませんが)行為は、子宮を収縮させ、産後の回復を早めます。またいわゆる母性本能(子育てホルモンを分泌させる・その人自身が持っている体験や動物としての本能を甦らせる)の目覚めをうながします。

 子どもたちは生まれた瞬間から五感を研ぎ澄ませて自分がこれから生きていく世界を観察します。

 色や匂い、形、感触そして音。抱かれたときの自分の身体や心に起こる変化。生きていくために必要な情報を可能な限り収集します。大人が慣れ親しんでいる日常のあらゆることが乳児には新鮮です。

 そんな日々の中で子どもの脳はあらゆる疑問を解いてゆこうとします。少しずつ収集した情報から自分が何者なのか知ろうとします。そういう意味で幼い子どもは誰よりも哲学者かも知れません。

 その幼い我が子がじっと見つめ、追い続ける先に母親と父親がいることを自覚していくと、子育ての大切さに、何か姿勢を正して生きていかねばと感じさせられます。(でも、あんまり緊張しないでね! あくまで子育ては、たのしくたのしく。あなたが、たのしければ赤ちゃんもたのしいのです。)


(2) 赤ちゃんを抱くということ@

私が子育てをしていた20年前、抱っこ保育は子どもの自立心を阻む。添い寝は乳児の窒息死につながる。などという恐怖心をあおる育児が横行していました。

 その後の若い世代に起こった一連の切れやすい子どもたちが起こした事件は、親子が一番密着していなければならない時期の、子どもの愛に対する喪失感が影響しているとまで言われています。せっかくこの世界に生まれながら、この世界に対する愛着や自分がうまれてきたことを肯定できない不幸な結果であったと思います。

 

 母親が抱きたい時になぜ我が子を抱いてはいけないのか、不安で泣いている我が子を『自立心が育たない。我慢強い子にならない』からといって、なぜ『しばらく泣かせておきましょう』なんて冷静にロボットみたいな気持ちでいられるのか私にはわかりませんでした。

 今、また昔ながらのおんぶや抱っこ、添い寝が見直され親子のスキンシップにまさる子育てはないと言われはじめました。うまれてすぐの新生児を母親に抱かせることも、多くの病院で実施されるようになりました。

 

  

  あのころ私が感じていた漠然とした育児書不信が、こういう形で見直され、何千年と繰り返されてきた動物としての人間の育児が復活してきたのはごく自然な事だと感じます。  

 当時私が住んでいた家の近くに井の頭動物園がありました。安い入場料だった事を覚えています。私は幼い我が子を抱っこして、よくこの動物園を散歩しました。そして強く引きつけられたのが、猿山のお母さんザルでした。
 

 我が子と同じくらいの乳児をしっかりと胸に抱き誰にも触らせず、またその子ザルもお母さんにしっかりとしがみついている。ああ私と同じお母さんがここにもいると感じ、この母ザルと私を動物と人間というふうに分けて考えることが出来ませんでした。

 そしてふと全体を見渡すとそこここに同じくらいの乳児を抱いた母ザルが、片時も我が子を離さず、誰にも触れさせずにいることに気付きました。

そのとき、「なぜ人間は自分の赤ちゃんを抱くことさえ遠慮しなければいけないのだろう。」私の腕にすっぽりと包まれてしあわせそうに微笑んでいる我が子(今年23才になった長男です)を私も猿のお母さんのようにぎゅっと抱き寄せ、それ以来子育ての先生を、この猿山のお母さんにしようと決めたのです。


  

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