熟年の性を考える

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                             研究員  岩淵 成子
 

心・技・体は格闘技だけにあらず

 

 先日研究会の席で、AV関係のお仕事をされている方とご一緒しました。

 彼女は「心が大事、大事というのは、男には誤解を与えて『愛していれば、気持ちいいはずだ』と、テクニックを磨かない。結果として、女には苦痛なだけのセックスになっている場合も多い。心も大事かもしれないが、テクニックも大事だ」と話されたのです。

 彼女の説にも「なるほど」と思う点は多かったので、機会があれば講師として来ていただこうという話になりました。

 現在、熟年世代を形成中の日本の男には、所長が口癖のように言っている「前略、中略、挿入」のパターンでセックスして来た方も多いと思われます。そして、女には「心が通じているんだから、良いはずだ」と、ワンパターンや自分本位のセックスを押しつけて来ました。女は本質的に優しいし、経済的自立の問題もあるので、嫌でも嫌と言わず我慢してきたのです。その結果閉経をきっかけに「もう卒業させていただきます」となり、その後は「同居人」のような生活という結果が待っている方も多いようです。何ともわびしい構図です。

 

 熟年の性を考えるとき、若いときの「性欲解消」が第一目的のようなセックスから「互いの存在確認の性」に移ってはどうかと、このシリーズを始めるときに書きました。(bP参照)

 互いの関係性を深め、癒しやなぐさめを得るなど、心を大事にしたセックスに移っていくのが、互いの幸せにとって大事ではないか、との論を展開してきました。

 若いときのような、身体、からだと突き進んできた男性は、進めなくなったときに、まるで性とは関係ないような生活になり、手も握らず肩にも触れず「他人」のような生活をする。それではあまりに寂しいから、互いの心をつなぐ具体的行為として、挿入・射精にとらわれないセックスをお勧めしてきました。 

 

 心を強調してきた私のスタンスからは、彼女の論は随分かけ離れているように聞こえて、戸惑いも感じたとき、柔道や相撲で言われている「心・技・体」という言葉が浮かびました。

 ネットで調べたら、朝青龍の暴行事件の頃に随分書き込みがあることが分かりました。そのせいか、いずれの書き込みも「3つを言われているが、まずは心だ」と、心を強調しているものが多かったのです。心があってこそ技がついてくるし、技が磨ける。技を磨こうとするのも心だ。体を作ろうとするのも心だ。など、など。背景には、今の子どもたちがすぐに怠けたがったり、少しきつい練習をするとねをあげたり、礼儀を説くと「強ければ何でもありだ」と言ったりして、心がなっていないという思いがあるように思われました。

 子どもに対する言葉を、そのまま熟年の皆様にぶつけようとは思いませんが、身体を健康に若々しく保ち、相手と自分がともにセックスを楽しむためのテクニックを磨くことも、すべては相手に対する思いやりの心から出るのではないかと考えるのです。相手を気遣う「心」があれば、テクニックを磨かずにはいられないのではないか。と考えるのは女性の独りよがりでしょうか。

 「心・技・体」をみがき、互いが心地よさを感じ、関係性が深まるセックスを追求されることを願っています。

 

 

 
 

 

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