熟年の性を考える

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                             研究員  岩淵 成子
 

夫婦間での秘め事は なにがベスト?

 “人間と性”懇談室」と名称を確立し、従来から毎月一回開かれていたシニア中心のサークル例会で話されたことです。

 参加者のひとりAさんの話は以下のようなことです。

 

 恋いこがれていたわけではないが、この人なら落ち着いた生活ができるだろうと思って結婚した。夫は誠実な人で、これといって不満に思うことはなかった。ただ、性生活は充分満足できるものではなかった。

 「自分は女としての人生を生ききりたい。今のままでは満足できない」と思い続けていた。ついにある時、7歳年下の男性と関係を持った。肉体的には、初めて満足できるもので、女性としての性の快楽を知った。しかし、その男性とは、男と女の関係でしかなかったので、数回で別れた。その後は新しい男性との関係は生まれなかった。

 

 夫一人に集中して、スジを通した生活をしたかったとの思いとは異なり、言うこととやることのズレに苦しんだ。

 夫に対する罪悪感から、ついに夫にうち明けた。「不倫」という行為は同じであっても、夫婦の関係性によっては、容認される場合もあるのではないかとの期待もあった。しかし、夫からの明確な「ゆるし」は得られなかった。

 夫は53歳で自殺した。妻の不倫を知っての自殺ではないが、根本の理由には「不倫」のことがあると思い、今も苦しんでいる。「不倫」を夫に告白すべきではなかったのか。

 

 これに対し、参加者からは「秘め事は夫に話すべきではなかった」の意見が相次ぎました。結婚前の肉体関係についても、夫には話すべきではないとの意見が多数でした。

 自分の心に留め置くことが「罪悪感」で苦しくても、聞いた相手の心が傷つくようなことは、話すべきではないとの理由です。

「相手に知られなければ、何をやっても良い」と言うことではありませんが、相手に無用の気遣いをさせない「思いやり」として、話すべきではないとの意見です。

 

 キリスト教には「告白」とか「ゆるしの秘蹟」と言われる「罪を話し許しを得る」教義があります。どんな罪であっても、告白してゆるしを願えば許されるという教義です。告白を聞いた司祭なり牧師なりは、口外してはならない掟ですから、安心して話ができます。

 私は「自分の罪を話すなど、とんでもない。司祭だって人間なんだから、話せない」と思っていた時がありましたが、彼女の話を聞きながら「こんな時のためには告白は意味がある」と思いました。

 

 自分の行為を罪と感じて苦しんでいるときに、それを話して「あなたの罪は許されました」と言われたら、心が軽くなるし、直接相手に話さなくても良いから、相手を傷つけることもない。なるほど。弱い人間をリードしていくためのうまい方法なのだと思いました。

 

 自分の行為は、自分が責任もって背負って行かねばならないことで、あれこれ人に話したり、本を読んで正当化できる言葉を見つけたりしても、最終的な解決にはならない。

 生きていくなかで、不倫や婚前交渉など「秘め事」は、誰にでも起こりうることで、それを「育ちの責任」や「誰かの責任」にすることはできない。自分で解決するしかない。

 「秘め事」は、自分と相手の秘め事なのだから、夫婦や恋人といえども、絶対に口外すべきことではない。自分は話して楽になれるかもしれないが、聞いた相手も、秘め事の相手も傷つけることになる。争いや、犯罪を誘発することもある。秘め事をするには、口外しない、自分で責任を取るという覚悟が必要。

 

 意見をまとめると、上記のようになりました。読者の皆様はどうお考えになりますか。

これがきっかけで、お相手への不信などは、ゆめゆめ起こされませんようにお願いします。

 

 
 

 

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