熟年の性を考える

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                             研究員  岩淵 成子
 

癒しの「ふれあい体操」はいかが

  老人の性に詳しかった故大工原さんのお話を聞いた時、彼女は「高齢者にとってのセックスは『体操』のようなもの。ふたりで仲良く気持ちよくセックスすることは、体操をするよりずっと効果がある」と言われました。

 これを聞いた時は、まだ熟年にはなっていませんでしたので、「そんなものかな」くらいにしか受け止めませんでした。
 しかし、自分が熟年になり、動くことが少なくなるとともに、腰痛やら膝痛やらの心配が出てきました。
 予防のために運動を心がけてはいますが、なぜかひとりでやる体操や散歩はつまらないのです。テレビ体操などは、テレビの向こうにインストラクターがいてくださるのですが、それでもなかなか毎日は続きません。

 セックスを「欲望」と結びつけると、「今更・・・」という気分になりますが「夫婦のふれあい体操」とすれば「やっても良いか」という気分になれるのではないかと、大工原さんのお話を思い出しました。
 運動のためにフィットネスクラブなどに入会すれば、入会金やら月々の会費やらで、万の金が必要です。夫婦での入会ではさらに多額の出費が予想されます。しかも、クラブまで行かなくてはなりません。雨の日、風の日、色々ありますから、ついつい「きょうは止めておこう。明日にしよう」ということが重なり、高額の会費を無駄にすることも多いものです。

 「ふれあい体操」は、入会金などの出費はありません。雨の日、風の日も関係ありません。気分が乗れば、その時が「ふれあい体操」の始まりです。
 気分を乗せるための「非日常」の空間作りの工夫は必要ですが、それは高額の出費を心配するようなものではありません。ふたりだけの空間ですから、周りに遠慮する必要もありません。時にはタンスの底に眠っているような、20代、30代に着た服を取り出してみるとか、セクシーな香りを楽しんでみるとか。「体操」ではあっても、ムードも楽しむことができます。

 本来「快楽の性」は、性器で感じるものではなく、頭で感じるものですから、ふたりの工夫次第で、楽しさは創造できるのです。「世間の常識」とか「世間体」などに縛られず、ふたりが健康で楽しく暮らせることを考えればいいのです。
 「いい年こいて」とか「年甲斐もなく・・・」などと言うのは、自分がやりたくてもできない人が、やっかみで言っているのだと無視すればいいのです。もしご近所さんに言われて、そのために近所つきあいが悪くなったら、受け入れてくれる人を捜せばいいのではないでしょうか。
 
 ただ単に隣に住んでいるだけの人が、自分を心底理解してくれる人であることはまれです。「おはよう」「こんにちは」くらいの挨拶をするなかでも良しとしてしまえば、気は楽です。もし、災害が起きたような時には、いくら村八分のような扱いをされていたにしても、孤立して救助されないことはないでしょう。ご近所の大切さは、災害時の助け合いくらいで、趣味が合うとか、思想が同じだとかでない限りは、つかず離れずの関係でしかないと思います。そんな関係の人に気を使って、自分の幸せを犠牲にするのはつまらないと思いますが、読者の皆さんはどうお考えでしょうか。

 

 
 

 

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