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人間と性教育研究所主催

"人間と性"教育研究所セミナー 2016

「性と生の貧困の連鎖」

 DVD上映 「サンダカン八番娼館 望郷」

  監督 熊井啓  原作 山崎朋子  出演者 栗原小巻 高橋洋子 田中絹代

 

「『からゆきさん』にみる貧困と性」 

   講師 (山崎朋子(女性史研究家 ノンフィクション作家)

  底辺女性史は、日本では注目されていないときに書いた。

 地方大学の二部卒の学歴で、今でも研究者の道にいることが不思議。    父は職業軍人。貧農の三男だから、家の助けとして軍人になった。

い―67潜水艦に乗っていたが、太平洋戦争直前に行方不明となった

船もろともで、遺体も見つかっていない。今から76年前の小3の夏だった。二学期になり登校すると周囲の雰囲気がガラッと変わっていた。当時は小さな物でも「天子様から賜った」と大切にされていたから、潜水艦が不明となり「非国民」とされてしまった。

 10/26 全国ラジオで放送され、新聞は一面で報道した。東京湾南方で名誉の戦死をしていたことが判明。一階級上がった。それにともない、非国民の子が一転軍国の遺児となった。映画にもなり、『文春』ではノンフィクションが載り、少女の作文も載った。

 8歳の私は嬉しくなかった。怒っていた。掃海艇、駆逐艦、軍用艦などで探したが、船が沈んだ証拠は全く無かった。89名が死んだことにされたが、非国民で構わないから、生きて帰ってほしかった。

 海上自衛隊の船出を港で見送る家族を見るたびに、私のような思いを二度としてほしくないと思う。

 呉に居づらくなり、広島に転居。疎開で福井県へ。2ヶ月後、原爆で学友の大半が亡くなった。殉難慰霊碑には、13歳で死んだ同級生の名がある。生き残った私に何を託しているのかを考えた。

 2年後、夜行列車で上京。店員求むの張り紙を見て喫茶店で働く。東大法学部大学院の超エリートと結婚。英、仏語堪能の彼に、パチンコ店の球拾いくらいの仕事しかなかった。朝鮮人であったため。私は、昼は事務員、夜は喫茶店で働いて夫を支えた。

  朝鮮人の日本語教育をし、創氏改名をした時代ではなく、戦後民主化され、国際平和後の日本の話である。戦後も長く差別は残ったのではないか。今も残っているかも。日本社会に残っていた差別について考えた。

 彼は、民族団体の委員長となり、在日の代表が日本人と結婚していることを周囲から言われたので、自分から身を引いた。

 無知な女の私は、日本とアジアの国との関係にひとつの問を持った。

 歴史研究会に在籍した。年下で身体が弱く学歴の無い男が、君はアジアと日本の関係を問題としているが、今後の日本にとって大切な提案だと言った。この男と結婚した。

 自分の体験を通し、アジアと日本の関係について書きたいと思った。欧米については、津田梅子などが書いた。しかし、アジアへ出かけた底辺の女は、欧米より多いことに気づいた。

  彼女たちのトップバッターとして「からゆきさん」を書いた。明治

23年の貴族院議会議事録に、日本人醜業婦(からゆきさん)についてが載っているように、明治からの60〜70年間続いていた。距離の近かった長崎、天草、沖縄などが多かった。北ゆきさんもあるように、海外売春婦がいた。香港には、日本人娼婦が多すぎるから13歳以下は取り締まれとの、日本人娼婦取締令が出ているほどであった。

 慶応大学の福沢諭吉が「娘子軍(からゆきさん)誠に見苦し」と書いている。からゆきさんは、アジア進出の先遣隊としての必要悪としていて、人間として見ていないことが分かる。

 からゆきさんの背景には今日の日本では想像できない貧困があった。20人ほどのからゆきさんに会ったが、「三度米の飯が食えるから行った」が共通の理由であった。

 からゆきさんは亡くなったと言われていたが、天草に行きたいと、

1968年夏の終わり、36歳で行った。老婆と出会い、借金して再び天草へ行き、約3週間ともに暮らして話を聞いた。彼女との交流は映画に詳しい。

 小3のルミちゃん(仮名)に読んでやってねと頼み、手紙を送った。それを老婆は神棚に乗せていた。

 からゆきさんについて、1冊の本を書いた。400字で498枚の原稿を書いたが、4年間未発表だった。大手出版社で出してもらって生活費にするつもりだったが、出版社では、海外売春婦の話なのにセックスの場面がないとか、文章が硬いから面白く書き直せと言われた。出版社としては、売れそうな本にする必要があった。しかし、からゆきさんの名誉のために書き直しは拒否した。

 老婆の迷惑を恐れたことも出版を遅らせた理由。しかし、老婆から

「あなたには文字があるのになぜ出さないか」と叱られた。

 からゆきさんについては、今でも天草ではタブー。出版後、老婆は村八分になってしまい、米、味噌、塩さえ売ってもらえなくなり、干し魚や野菜も含めて、郵便局から送り続けた。

 数年後大往生された。最後の数年は老人ホーム暮らしだった。ホームでは、東京から娘さんが来たことになっていて、他の入所者からも歓迎された。あちらの世界でも、私の事を祈っていてくれると思う。84歳になっても健康で、不況の中でも読者がおられる。本は5カ国語に訳され、書く仕事を続けてこられた。話をする機会も与えてくださった。

 

「今日につながる子どもの性の貧困」

 問題提起者 金子由美子(“人間と性教育研究所長)

  • 『ペットショップ』―男の子用の漫画雑誌にみる性。―ホモセクシャルの男性に売られる少年の話。

 日本では、表現の自由が言われている。マンガを描いているのは、ほとんどが女性。イラスト、Hマンガは、低賃金だが、女性は働き先がないため、それをせざるを得ない。マンガはよりエグいものを描けば売れるので、エスカレートする。R18にはなっているが。

 クリエイター業界では、女が活躍する場をなくすなという理屈で、表現の制限に対する反対運動をしている。

・ 『買われた展』での発信。なぜ売る必要があるのかを考える展示をする。売買の自由と言う者たちを見逃せない。

・ 『サンデー毎日』の報道。キャバ嬢が労組結成。中で何が起きているのか。店を訴えるにはエネルギーがいる。新宿だけでも何千人もの女性が働いている。労組を知って、経済的な理由から自分たちの組合を作ることになった。

・ 性産業先進国日本の状況。ロリータ関係のグッズやら雑誌やらをバク買いする外国人がいる。「相席居酒屋」などができ、キャバ嬢が不要になる状況もある。キャバ嬢が一日で3000円という給料にまで下がっている状況もある。美容院でも一日3000円の状況もある。時給

100円の場合もあり、職場へ自転車通勤しているキャバ嬢もいる。キャバクラが新たな貧困産業になっている。キャバ嬢は憂さ晴しにホストクラブやエンタ居酒屋に通ったりして、自転車操業状態になっている。

 キャバ嬢には、36歳にもなる母親もいる。彼女らは、大スーパーの鮮魚部門などで働いていたが、労働がきつく、更年期が早く来るなどの理由で、キャバ嬢になったケースもある。近所付き合いもなく、ママ友の会にも入れない状況で孤立している。中学生の子どもは、接触の少ない母の定休日に学校を休むということもある。

 貧困の母は、色気づいているとか言われる場合もあったり、若い未認知の子を持つ母もいる。相手との関係の継続が困難である為、相手を変えてしまう。連れ子同士で結婚する場合は、連れ子同士の関係がうまくいくようにと、新しい子を産む。その子は「セメントベービー」と言われる。

 バブル期に「ジャパゆきさん」として来日したが、バブル崩壊後母子が追い出される例がある。子どもはハーフで、お母さんはアジアから来たセクシィなカッコいい女性と思っていたが、人に言えない仕事をしていることに気づく。そのため、自分の身体が受け入れられなくなり、ダブダブのジャージを着たり、日焼けサロンに行き、日焼けの黒と地黒を合わせたりする。性転換していないため、自費でホルモン治療をしてみたりもする。ガテン系の仕事を選ぶ場合もある。母との関係は修復できず、会えていない状況にいる卒業生もいる。

  • 性産業では、女の子に対しては、金を掛けるように仕向ける。小顔、まつげ、など。女の身体は男に見られるためにある。と思い込ませていく。そのため、女の子はボディイメージが低く、劣等感を持たされている。97パーセントが何らかのコンプレックスを持っている。男子はそうでもないのに。
  • 性行動に近づくことに厳格な家庭に育ち、女の子らしい成長を一切だめだと言われていたため、ポルノは嫌だと思っていた。結婚したがセックスできなかった。ボーイズラブにはまっている。性的興奮を許されていると思えるため。
  • JKおさんぽ。ネット配信。リベンジポルノ。動画配信。など多くの性関連産業がある。男は、ポルノを撮らせろと言うが、女は一度撮られたら消せない刻印になる。用心させることが大事。
  • DVに関するリテラシー教育も始まってはいるが、まだまだの感がある。自分の身体は自分のものという、性の主体者としての教育がないと意味がない。
  • 少女たちの性の売り買い防止を考える必要がある。
  • 東北で、ポルノ女優への勧誘が始まっている。被災地を狙った性産業の魔の手がのびている。災害が起きれば性の売り買いが起きてしまう。AVに出演させられそうになった女の子を救った事例もある。
  • 季刊「セクシュアリティ」の最新号では「道徳教育と性教育」を特集してい る。
  • 市町村では、男性優位の副読本が作られている。男尊女卑の考え方が出ている。東京の副読本では、「先人たちの言葉」には、男性19名、女性3名が登場する。「先人から学ぶ」では、男性8名、女性1名が登場する。

  「愛」の名のもとに、家父長制を謳っていたり、郷土愛、自然愛、 家族愛、人間愛、真理愛、人類愛など、愛が多提示されている。男女 の尊重、生命尊重、公徳心、思いやり、礼儀なども取り上げられてい る。

 成績に関することになるから道徳の教科化が問題。戦争のできる国づくりにつながる心配がある。平和国家としての人類愛も大事だとは思うが、提示されたことを、疑うことを教えることも大切だと思う。

  • 陸上やビーチバレー、体操など、オリンピックの女子のユニフォームは、なぜあんなに身体を見せる必要があるのか。
  • 今後も貧困についての学習を続けていきたい。

 

● 質疑・意見交換

・ 人生の晩年で、女性史を学び、一人の底辺の女についての話を書いた。夫は亡くしたばかりだし、友人・知人にも先立たれている今、胸に浮かぶのはひとつのことだけ。「生きている間に何をしたか」。知る人がほんのわずかでも、人に語られるにふさわしい行いを心がけたい。

 日本社会の経済格差と不安は増大している。きずなが弱くなっている深刻な事態がある。

 「からゆきさん」は明治から昭和初めの、太平洋戦争に突入していく時代のこと。その時代に、戦争反対を訴えたのは女性だった。彼女たちの運動が潰れた原因は何か。当時との大きな違いは、女性が選挙権を持ったことだと思う。平和は誰かが持ってきてくれるのではない。平和な時代が次代につながっていくことを願っている。

  • 障害児の性教育を考えてきた。教師が「清く正しく」を生きてきて、自分の性を無視して教師になっている。そのため、子どもの性以前に教師側に受け止められない問題があり、教師が対応できない。

 男の子は、自慰ができる男にすること。ペニスを持てない男の子もいる。そういう子には、教師が共に性器洗いをするなどが必要なのに、お手上げ状態にある。性って何かを感じている。性って大変だと思う。

  • 日清戦争では、国家予算の3倍の賠償金が入った。そのため、戦争は儲かるものとの認識が生まれた。天皇家の財産も戦争ごとに増えてきた。戦争することを国家が考えていた。

  からゆきさんは、外貨稼ぎでもあった。国からもらった資金で館を 作り、外貨稼ぎをした。今後、終戦後の混乱期と同じことをするので はないかと危惧している。

 ・ 日本の現状は曲がり角に来ていると思う。オール目黒の会を最近  立ち上げた。野党共闘で変えようという趣旨。憲法変える2/3の勢  力が出た今、戦争反対の声を上げていかねばならないと思う

 


人間と性教育研究所主催

"人間と性"教育研究所セミナー 2015

「性の多様性を尊重し 安心して暮らせる社会を共有するための共同研究」

 

 挨拶                  所長代行 金子由美子

 

  2008年『みんなのノート』を大月書店から出版した。

 当時は、文科省から『こころのノート』が各学校に配布された時だった。それには道徳上の「常識」が示されていたが、よい子のイメージが一律的で、多様性が広がっていなかった。

  教員によく叱られる子は、このノートで道徳の授業を受けることを嫌がっていた。常識的なことが普通にできるという感覚が身についていない家庭の子や、発達にトラブルを抱えている子たちには、道徳を説くより、なぜそうした行動をとってしまうのかということを、一緒に考えてあげ、自分の心の有り様に気づかせてあげることが大切なのだと思う。

 『みんなのノート』の視点は、世の中にはいろんな人がいること、みんな、怒り、欲求、失望、嫉妬などの感情を抱えて生きていること、それをどのようにコントロールできるのか、様々な感情に敏感になることは、自分を知り、自分らしく生きる上でとても大事なことであるとのメッセージを込めた。

 私の勤務した学校でも、母親が深夜にしか帰宅できない子、平仮名しか読めない子、親が外国籍の子など、様々な子どもがいた。生きることは、まさに多様なのである。

性の多様性については、今日の南さんからの問題提起で、論議が深まることを期待している。

 

● 「性の多様性をめぐる社会現象の現在」

研究所所員 南定四郎

1 「第20回レインボー・パレード」に関して。

 第1回のパレードは50人で出発し、最終的に300人になった。第2回は1250人、第3回は2500人だった。ことしの3万人は予想ができなかった。

 第2回の「パレード」では、キリンシーグラムが公式パンフに1頁の広告を載せてくれた。新宿2丁目のバーでは、キリンの製品を「公式飲料」として、お客に提供した。

 

2 「シドニードリーム」(写真集)に関して。

 この写真集のモデルは、オリンピックの男子選手。男が商品の広告として初めて扱われた。

 シドニーオリンピックから、産業資本がオリンピックに関わった。

 

3 「3歳女児殺害事件」に関して。

 沖縄で、3歳の長女に下の子3人の面倒を見させて、家を離れて仕事に行っていた、20代前半の若い父親が、帰宅後面倒を見ていなかったとして、3歳児を殴る蹴るして殺害した。

 児相は相談を受けていれば何とかしたが、それができず対応が遅れたと釈明。

 世間は、事件の責任を行政に有りと捉える風潮がある。

 根本は、17歳くらいで、家庭を持つ能力が身についていない男が、子どもを作ったことによるのではないか。自分の欲求をコントロールできない状況を、改善しようと取り組んでこなかった、性について考えてこなかった結果ではないのか。

 

4 『エスカイヤー』、『WWD』に関して。(※注参照)

 1999発刊の『エスカイヤー』に、ゲイカルチャーについての紹介記事が、大々的に載せられた。

 カルバンクライン(デザイナー)のパンツの広告が載っている。

 雑誌だけでなく、街のポスターに男の下着広告が出された。メインストリートに広告が出た最初。

 『WWD』2015/2号に、「モードは性別を超えるのか」が提起された。

 男性の裸の広告が出された。沖縄の新聞にも取り上げられた。

 産業資本として世界的に宣伝した。1999から16年経ち大きな変化が出ている。

 今年の夏は、性的少数者の可視化をしている団体が目に付く。例としては「グッドエイジング・エール」がある。「LGBTと、いろんな人と、いっしょに」をコンセプトにし、シェアハウスや、海の家、カフェなどを経営して、歳を重ねるとよくなる社会の建設を目指している。

 「アンチエイジング」は、歳を重ねると悲惨になっていくという意味がある。

 ※『エスカイヤー』は、ニューヨークで1933創刊の世界初の男性雑誌。

 『WWD』は、女性向けファッション雑誌。『WWD ジャパン』も発行中。

 

5 「アウト イン ジャパン」プロジェクトに関して。

 マイノリティの写真をスタジオで撮影し、写真集を発行するためのプロジェクト。

 現在73名を撮影。目標は1万人。

 新しい運動のつくり方を体験した。

 今までは、提案者、実行グループが存在したが、今回は、スタイリストとメーキャップ担当はいるが、他はすべて自分が編み出して動くという形式だった。作業の集大成を誇りに思い、プライドを感じて動いていく。

 軍隊的統一行動ではなく、各自の判断で自主的に動く。

 プレイヤー各自の考えで動くと勝利するチームのようなものだと感じた。

 従来は、マニュアルを作って、団体行動して活動していたが、新しい形式を作っていると感じた。

 

6 現在の状況について

 世の中が良くなったと、当事者は思うかもしれないが、それは間違いかもしれない。

 行政が「宣言文」や「条例」を出せば、進んでいると錯覚しているだけかもしれない。条例ができれば、同性の入居が可能になるだけで、優先的に市営住宅の入居が可能になるわけではない。

 特権を与えられるのではないことを自覚すべき。

 自発的行動を作っていかなくては、思想は生まれない。 

 

7 「特異性と個別性の概念の区別」を ―『三〇億の倒錯者』に学ぶ

 フェリックス・ガタリの著作『三〇億の倒錯者』によれば、反対勢力が資本主義に取り込まれることがある。

 弱者の集団としては、民主的多数決集団に反対の立場にある。新しい創造をしていけば、多数でなくても世の中を変えられるという考え方。

 制度を変えることで解決するのではなく、弱者が連合して新しい文化を創造する。その自発性をどう導き出すかが課題。

 

8 文京区議前田氏(第1回「パレード」で南氏の下で活動した)の補足

 LGBTは、国際的概念上では正確さに欠ける。国連の正式名称は

SOGI(セクシュアル オリエンテーション ジェンダー アイデンティティ)である。

 LGBTでくくるのは、英米独仏でヨーロッパとしてしまうようなものである。性的マイノリティ、性的少数者も適切ではない。ペドフィリア、フェティシズム、ポリガミーなどが含まれてしまうという理由で。

 この問題の基本は「ひとりひとりの性のありようを大切にする」ということだから、皆が納得できるような名称ができればいいと、思っている。

 

 

● 学校におけるセクシュアルマイノリティ

所長代行 金子由美子

1 文科省文書「性同一性障害に係わる児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」の問題点

 文書のなかに「平成22年・・・性同一性障害に係わる児童生徒については、その心情等に十分配慮した対応を要請してきた。平成26年には、その後の・・・状況を調査し、様々な配慮の実例を確認してきた」との一節がある。

 実情は、各学校に委ねられ、いわば現場任せである。

 例えば明後日からの「宿泊訓練」で、まずぶつかる問題は「入浴」。

 TG(性同一性障害)の生徒を、男女どちらの風呂に入れるかというような論議は、TGだけの問題ではない。虐待を受けた身体を見せたくない生徒等も含めての問題となる。

 それに対し、絶対に入れろという立場ではなく「3日間入浴しなくてもかまわない」とアドバイスすることで、ホッとして参加する生徒がいる。

 校内では、男子トイレに個室が少ないという問題もある。今後は全部個室にしてほしいものだが財政上可能とは思えない。 

 (学校における支援体制について)では、学校内外に「サポートチーム」を作り、「支援委員会」やケース会議等を適時開催しながら対応を進めること。とされているが、これらはできていない。

 学校医やスクールカウンセラーと・・・となっているが、学校医にはメンタリティの科を担当できる医師は少なく、カウンセラーは月2回しか来ないのが現状。

 ひとりの当事者がいると、制服、上靴、鞄など、現場では様々な問題が発生する。それらを想像せず、机上の空論的通達で、一応対処しているということにしたいらしい。

 

2 同性愛について

 「研究所」では、セクシュアルライツについて、早くから関わっていたが、文科省はTGに特化しようとしている。同性愛については全く触れていない。

 学校では「同性愛を教えると、同性愛になってしまう」という認識レベルが現状。

 事例紹介。

  • 性虐待を受けた女の子は、ソープに行くと言っている。男に復讐するためだとのこと。彼女にも「性化行動」が見られた。性化行動の中には、自分の身体をセンサーとして使う行動もみられる。

 

3 自己肯定の歪みの事例。

 トランスジェンダーと思っていた女生徒。髪型はスポーツ刈りにしていた。男から女と見られないため、男っぽい姿をしていた。制服、髪型以外にもズレがあった。女子高に進学。共学高ではなく、女子高に行ってナンバーワンになるのだとの話だった。仕事もペンキ屋、ダンプ運転手など、男っぽい仕事を選んだ。ホルモン治療も開始し、男っぽい声にもなった。しかし、実はレズビアンだった。自己肯定の歪みだった。

  

転換手術の問題点 

 クリトリスからペニスを作るとき、医者は大きなペニスを作りたがる傾向がある。本人はおとなのペニスを見たことがないから、適切な大きさが分からない。カウンセリングが大事だが、なかなか難しい。

 ニューハーフは、メンタル面ではトランスジェンダーでない場合もある。

 基調報告の詳しい内容は、時間が足りず資料の配布で終了。

  

● 車座トークより

  • 文京区では「あなた任せにしてはいけない」と動き出している。性的マイノリティとは何か分からずに進めると、単なる道徳にしかならない。
  • 人間の欲望は「エネルギーのもと」になる。多様な欲望を十羽ひとからげにしてはいけない。形・機能の多様性を認めることが大事。そのためには、空間・時間・金が必要になる。
  • 環境を守ることも、セクシュアリティに関わる。今は欲望に制限が加えられている。タブー無しに認めることが大事。
  • 男女共学の高校へ「一教室に当事者二人」で「授業」をした。教室内に、坊主頭でスカートの子が居た。制服の性別規定を緩くしたようだと感じた。
  • 「学習会」も、性についての知識学習の趣味人のサロンではなく、問題解決能力をつける場にしていくことが大事だと思う。性的に孤立している高齢者が問題解決能力をつけることで、互いに愛し、共感できるようになる。地域での役割を自覚し、生き生きしてくる。
  • 「私の身体」として
  • 「私の身体」として、心と身体を考えることは「平和教育」につながる。
  • 男と女以外のカテゴライズがあることを知らせていくことが大事。産まなくても生きていることは、産めない女はダメかという問題に答を出している。
  • 今ある法律・制度は短い歴史の中のこと。今より人権を大事にしていた時代があった。
  • 今の社会環境の中で、被害者は子ども。大阪の事件のように、夜中に街に出ていても、カップルだと声もかけられない。法律的には、出産したら未成年でも社会に放り出されてしまう。
  • 今は、エイズについての予防啓発も行政は何もしていない。学校では性教育もしていない。「性は人権問題」としてのとりくみは無いに等しい。
  • 学校の状況を聞くと、生徒の自立をおとなが妨害することはないが、結果として自立を阻害している。自立を考えてほしい。
  • 同性愛の運動も、昔は行政に要求する運動だった。攻撃的になることが力になった時代だった。今は違う。闘う姿勢がない。おとなも子どもも姿勢を剥ぎ取られる状況がある。
  • 新しい運動には、マニュアルが無い。指導者も居ない。自立して闘う姿勢が必要。闘う戦略を変える必要。自律が大事になる。スポーツの試合で、監督の号令一下動いていた従来の戦法では勝てなくなり、プレイヤー個々が判断して試合を進めることで勝利につながる例と似ている。弱い者は連合して何かを受けるのではなく、リーダーの命令で一斉に動くのでもなく、一人ひとりの主体的な力をどうつけるか、手立てはどうするかが問題。
  • 政治的問題は、誰かがやるのではなく、一人ひとりが考えること。なぜか、どうするかを、上からではなく自立的に、聞くだけではなく自分で作り出すという姿勢が大事。
  • 教育現場では、性はタブーになっている。しかも、男女の二分割がキツイ所。今、議論が可能になっただけ進歩したと思う。存在を認めたことは第一歩。
  • マイノリティの人たちを区別せず、特別扱いせず、コミュニティのなかで気分良く過ごせたらいい、ということではないか。

 


人間と性教育研究所主催

"人間と性"教育研究所セミナー 2014

性教育を地域に〜 人権活動として

・・・性・生・政・・・

 

  • 『潮風の村から―ある女性医師の軌跡』    
                     ドキュメンタリー映画上映

 〜1年中潮風のふく愛知県・渥美半島にある小さな村で、地域医療と人権としての性教育活動を続けて60年。性に向き合うことの大切さを伝え続ける、一人のパイオニア女性医師の軌跡をたどる。〜

 

 〇 映画に登場する北山医師の、性教育に関するメッセージ概要のまとめ

 

 農村を全く知らない女だったから、現実とのギャップが大きかった。戦中は、理系の学生のみ勉強ができた。勤労動員でなく勉強したいから女子医専に進学した。

 神田で終戦放送を聞いた。戦争終わったことが嬉しかった。

 

 結婚して、夫に従わねばと自分を圧迫して暗くなり、冷たい妻に見られた。暗くて毎日が辛かった。自分を生かさねばと気づき、自立のため勉強し直し、夫とは別の産婦人科医となる。

 地域には我慢させられてきた女や嫁がいた。自分の身体を大事にすることが大事なのだが、現実には無理だった。女の性の抑圧を見て、性教育の必要性を強く感じた。

 

 子どもからの性教育の必要性を考えて活動してきた。子どものための「あさひ文庫」を開いたり、『少女たちへ』も著した。

 今、性感染症が若者に増加して来ている。中学生から多くなっている。これは、女が自分で考え、将来を見つめての行動とは言えない。

2000年以降、性教育へのバッシングがあり、性教育に制限を受けた。性教育は「リプロダクティブ・ヘルス」だから、きちんと教えれば、男子も無茶な性行動はしなくなる。

「女は自分の身体を大事に。男は相手の女の身体を大事に」が原則。これができなければセックスする資格が無い。性は自分の人生そのもの。自分を生かした性生活をしてほしい。

  

  ● 子どもたちの今―性と政     

             問題提起 研究所所長代行 金子由美子

 〇 子どもたちの事例から

事例1 中・高生の男子は、マッチョやムキムキマンへの願望が有る。彼らに、少年向け雑誌の広告「プロテイン効果」を使い、リテラシーを試みた。高校生は「プロテインだけでなく、運動してプロテインを飲まねばマッチョにはならない」と分かるが、中学生はプロテインを飲めばいいと誤解している。

  

・事例2 女子は、キラキラ業界への憧れがある。なりたい職業に「カリスマ店員」がある。ブランドを着て見られる自分になれる事が憧れである。

 しかし、裏側では、ブランドの服は自分で買う必要がある。そのため、キャバ嬢で稼いでカリスマ店員をしている場合もある。

 携帯からもキラキラものの広告が来る。携帯で商品を売りつけられている。

・事例3 皮膚科医師が脱毛処置をする。歯科医師がほうれい線処置をする例もある。

  全身脱毛をして、汗の処理ができなくなった例もあるから、やらないほうがいい。美容情報が多いので、小学生まで脱毛する例さえ出ている。

・事例4 ブラック企業のひとつに美容業界もある。美容師を資格によってランクづける。そのため、街頭に出て割引券などを配布して営業する。その分、店内でワックスなどを高く売りつける。自分がなりたい職業になれたのだからと、やりがいなどでごまかされて働かされている。

 〇 政府・文科省の対応と現場の状況

  政府は、ネット批判に対しては、やりすぎると社会全体の活力が失われるとの答弁をしている。子どものネット依存は心配だが、商業主義には甘い姿勢。

 全国学テに関連して、現場では模擬試験をやるところもある。子どもたちには、友達と楽しむ。本を読むなどの余裕さえない状況がある。その中で育った若い教師の中には、書店の名前さえ知らない人もいる。自分たちで考える力の衰えが著しい。

 

 〇 性教育の必要性

  異性との付き合いが0だという、30代の卒業生が結構居る。統計では20%と出ている。恋愛に対する脆弱さが見られる。

  付き合う相手への暴力は、男性13.6%、女性4.3%となっている。世界的に見た性の健康レベルからは、問題がある。

  性教育は、生きる力、命などの大切さを考えさせる。今こそ、性教育の必要性が問われている。

 

  ● くるま座トーク「映画視聴と問題提起を受けて」

 〇 女性の健康・出産・社会進出など

・ 生物的再生産より、人間的再生産が問題。安心して産めれば産める身体になる。

・ 戦争中の女は月経が止まった。

・ 産んだ子が幸せになるかが心配の社会では、安心して産めない。

・ 男女の平等を言い、女も総合職への道を開いた。しかし、男と同等に働くということで、家事・育児がおろそかになる。

・ 形としての平等もまだまだ。家族に責任を負わせる日本の現状。

・ 女性の社会進出を言う安倍総理だが、パフォーマンスに過ぎない。今までいかにして来なかったかを表明している。

・ 女性の解放は考えていない。昔に返す発言を女に言わせている。ジェンダーを考えていない。家事・育児していくことが幸せと言わせるのは危ない。

・ ジェンダーは英国から始まった。男が不足した戦時下で、女が駆り出された。戦争協力で、女の権利を広げるという誤りを犯した。安倍総理の構造も同じ。

・ 未婚の出生を不埒と捉えるかどうか。北欧では、未婚でも子産みが可能となる経済状況がある。

 

 〇 子どもを取り巻く現実

・人間を大事にしない政治の方向性。支配層を利する思想を作っている。黙って言う事を聞く、考えずに動く、支配しやすいロボットに近い人間を作っている。

・ 東京人はルールを重視する。多くの県から来ているからルールは必要。しかし、権力による支配がし易い文化ができているのではないか。

・ 大阪人は、ルールよりも自分の目で見ることで納得してきた。しかし、テレビの影響などで、ブランド化してきた今は東京人に近づいている。

・ 今は、子どもたちがカテゴライズされている。国策として、学校では勉強、勉強。部活では勝利、勝利になっている。そのため、自分で考える余裕がない。

・ 子どもの電子化を進めている。IT企業などを儲けさせる手だてとしている。

・ 電子化された子どもたちは、融通を利かせるという能力が無くなっている。

・ 経済的に優位な家庭の子は、教育者や医者になる。なることが目的だから、なってからやっていけないことも多い。

・ 勉強さえできればいいとの政府の価値基準は今も同じ。           

・ 奨学金で縛ることもある。それで物言えない民を作っている。批判する能力を育てることが重要。疑う知性が大事。

 


人間と性教育研究所主催

"人間と性"教育研究所セミナー 2013

戦争と性― 今問われているもの

  • 報告1

戦争と性〜橋下発言は男の身勝手

報告者 研究所理事 金子真知子

 

 今年5月の橋下「慰安婦」発言。こういう暴言が出ないと「慰安婦」問題が大きく取り上げられない日本社会の現実。それはなぜか?というのが私の問題意識だ。

 「慰安婦」の授業で「天皇ヒロヒトって私は知らんけど、慰安婦の人たちはすごく憎んでいるみたい」と言った生徒がいた。

 ドイツで「ヒトラーって人知らん」という高校生がいるだろうか。日本ではいまだ「慰安婦を外交カードに使っている」というような、歴史認識の無知からくる一見素朴な、しかし国際社会で通用しない言説がいつまでも繰り返されている。

 そして今回、元外交官がテレビで「政治家は国家の下半身に触れる問題に不用意に発言すべきではない」と語るのを聞いたとき、ここに性の人権後進国日本の姿が端的に表れている、と感じたものだ。

 「慰安婦」制度は日本の侵略戦争の最も野蛮な本質を象徴するものだ。だから侵略戦争美化論者や改憲論者は必死に「慰安婦」の事実を否定する。したがって「慰安婦」問題においては否定派が難癖をつけてくる事細かな事実関係にきちんと反論する必要がある。

 しかし、今回の橋下発言の核心は、過去も現在も軍隊には兵士の性欲発散のための「慰安婦」制度のようなものが絶対必要と言うところにある。

 21世紀の今、女性の性が人権であることを全く理解できず、男性の性をも十把ひとからげに貶める発言を堂々と行う政治家を選んでしまっている日本。

 そこで今回、簡単にでも女性の人権獲得の歴史を振り返る中で「慰安婦」問題を考えたいと思い、年表を作ってみた。(資料参照)

 「フランス人権宣言」に始まる近代的人権、その一つである「身体の自由」は男性の人権であり男性が妻の性と家内労働を所有する自由であった。

 20世紀に入り、避妊・中絶の自由を求める運動が広がり、1994年に「リプロダクティブ・ヘルス・ライツ」(性と生殖の健康と権利)として結実。200年がかりで女性は自己の身体の自由を生殖の分野で認められたのである。

 そして女性の社会的経済的地位の低さや家族関係の中に隠されていた性暴力が女性の尊厳を冒すものとして告発される時代が来た。

 1991年の元日本軍「慰安婦」の訴えは国連を動かし1993年国連は「女性に対する暴力撤廃宣言」を決議。

 21世紀が始まった年に東京で「女性国際戦犯法廷」が開催され日本軍性奴隷制の罪が裁かれ、最高責任者として昭和天皇に有罪判決が下された。

 国際社会の人権基準は明確だ。しかしそれに逆らう政治的思想的潮流の根深さ。

 「慰安婦」問題をめぐる22年間の攻防を振り返って、特に性教育への攻撃が熾烈だったことの意味を改めて考える。

 橋下氏は「性欲解消問題を真正面から考えよう」と言った。男の性は攻撃的で性欲は抑えがたいといった性欲神話は男女を分断する罠だ。生殖の性も快楽の性も男女個々人のもの。そういうあたりまえの性教育が必要。

 問題は自由な性の土台となる豊かで自立できる経済生活の保障ではないのか? 

 今の日本、生存権さえ脅かされ生殖の性も実現できない社会だ。求められているのは性欲解消策ではなく「衣食住と並ぶ基本的人権の一つとしての性の権利」(山本直英)だ。

 

● 報告2

  

 戦中から平成へ〜性の受容と需要

報告者  研究所所長代行・『季刊セクシュアリティ』編集長・思春期学会理事 金子由美子

 

 研究所セミナーの報告時期が夏から冬へと過ぎてしまつた。日々学校現場にいる私としては、リアルタイムの子どもの現状をお届けする役割もあると思い、セミナー以後を加えての報告とさせていただくことをお断りしたい。

商品化される子どもたちの性

恋愛依存

 あこがれの芸能人も早々とカップルになり、テレビ、漫画、雑誌、ミュージックなど子どもたちの情報源は、「恋愛至上主義」に染まり、異性にモテない人生はアンハッピーといったメッセージをシャワーのように浴びて育つ。

 男女交際の低年齢化が進み、小学生までが校内で抱き合ったり手をつないだり、「彼氏彼女」がいることを誇示したがる。

 親世代の性意識にも変化がみられ、中高生になると親公認のカップルとなり、彼氏や彼女を泊め、レジャーに連れて行くなど、家族ぐるみの付き合いをしていることもある。

 また、携帯電話が登場したことにより、子どもたちの恋愛事情は大きな変化が見られる。メールを使って「コクッた」と喜んだ翌日に、「ワン切りされた」「ふられた」「浮気された」などと、一喜一憂する姿が日常的になっている。

 「元カレ」「元カノ」といった「恋愛用語」を幼児までが使いはじめ、校内で男女の教職員どうしが立ち話をしているだけで「不倫」とはやし立てる小学生や、親の離婚相談の聞き役になる中学生など、恋愛における、おとなと子どもの境界線は、なくなってきている。

 しかし、恋愛体験が脆弱で精神的に幼い子どもの失恋は、相手への憎しみや怒りの感情のコントロールが難しく攻撃的になったり、自暴自棄になったりすることもある。

 学校での性教育は、からだの変化や月経・射精の生理は触れるが「恋愛」について学習する機会は、全くといっていいほどない。活字離れの進む中、恋愛小説は読まず、結果的に子どもたちの恋愛知識の情報源は、携帯小説、コミックス、テレビドラマなどのメディアに偏重し、「恋愛=カップル=幸せ」とか「恋愛=セックス」というパターン化した恋愛願望や恋愛至上主義を煽られる。

 その問題点は、避妊や性感染症予防、ノーバイオレンスなどの科学的情報がほとんど扱われていないことである。自分や相手の「こころ・からだ・性」大切に思うことができない未熟な恋愛は、時として相手をコントロールする支配的欲求だけが高まり、「デートDV」や「ストーカー」など、犯罪にも結びつく危険性がある。

 一方、思春期、青年期を迎えると、だれにも自然に恋愛感情が芽生えるという定説も疑ってみる必要がある。最近は、恋愛に臆病であったり、脆弱であったり、興味関心のない青少年の存在が明らかにされ始めた。フィギアやアニメーションなど、生身の人間以外を恋愛対象としたり、「ホスト」や「キャバ嬢」といった性産業を媒介にした「疑似恋愛」といった、相手への人格や尊敬から切り離された「恋愛行動」もみられる。

・「ケータイ」依存

 小中学生が、自分の携帯電話(以下ケータイ)を持ち歩くようになって6年近く経つ。私が勤める中学校でも携帯所持率が九割を超えるクラスもある。こうした状況の中で心配なのは「ケータイ依存」に陥るケースが少なくないことである。

 厚生労働省の研究班が実施した、12年度の全国の中・高生徒への無作為調査によれば、10万人のうち「依存の疑いが強い」と思われる生徒が全体の8パーセントに上ったという。ケータイ依存による日常生活への影響は深刻であり、現実に、「午前中は頭がボーッとする」「ケータイを持っていないとイライラする=所持禁止のケータイを見つかることが不安でドキドキする」と言った身体症状を訴える生徒もいる。アダルトゲームに熱中するあまり不登校気味になる、不法請求が送られてきたことに驚いた親が子からケータイを取り上げようとした家庭内暴力などの事例がみられる。

 学校で「メディアliteracy」教育は進められていつつも、保健室での、ケータイにまつわる生徒や保護者からの相談は、年々増えるばかりである。アダルトサイトによるトラブルは男の子に多いが、ケータイ依存症は女の子の方が多い。友達どうしてチャットやメールを日常的に使うからである。すぐに返信しないと「ハブかれる」という不安から、トイレやお風呂にまで持って入っている子の強迫観念や食事や睡眠時間の剥奪などによる健康被害、プロフ(自己紹介サイト)や学校裏サイトでの誹謗(ひぼう)中傷に始まるいじめやシカトに始まる心身症など、心身共に弊害ばかりが目立っている。

★ 性のエンターテインメント化

 心もからだもボロボロになりつつも、なぜケータイにとりつかれるのか、おとながやみくもに禁止するばかりでは抑止力にはならない。1度、中高生のプロフを覗かせてもらうといい。

 ヤンキー系の子はデコ盛りしていても、すぐに誰だか見当がつく。驚くのは、普段おとなしくて目立たない子が、自己顕示欲全開でアピールしているブログである。まじめで通っている女の子も、ツケマ、カラコン、エクステなど大盛り画像でヤンキー系に勝る勢いである。好きな男性のタイプ、キス経験、バストヒップサイズなど、プライバシーは惜しげ無く公開されている。無防備に学校名や学年まで書き込み、校門で待ち伏せされたりするストーカー被害も起きている。

 2012年、女子中学生は画面越しの男に誘導されるままにTシャツや下着を脱ぎ、その様子をネットで生中継するという事件が起きた。「スカイプ」のできるケータイは、もはや電話ではなく、テレビ電話、チャット、電子データの送信など、さまざまな機能が付くプチパソコンである。専用の掲示板には、話し相手を募集する書き込みにあふれている。

 大半の親たちは真夜中の少女たちの寝室に、見知らぬ男性が侵入してきている事実を知らず、表に出歩かない「いい子」に安心し熟睡しているはずだ。

 かたや男の子も、教室で人と会話するのが苦手というタイプの子ほど、絵文字フル活用で、積もり積もった思いを吐き出している。気持ちや思考を伝える言葉が未熟な中学生は、親や教員に対しては、「ウッセー」「ムカつく」といった単語でしか表現できず、無口に徹している子も多いが、その点、ケータイでの絵文字やマークによる表現手段は、ボキャブラリー不足も補ってくれる。

 こうした思春期の心理や行動パターンを知り尽くしたうえで、商品開発をしている売り手により、ケータイ開発は留まることを知らない。ネットを通じての年齢に不相応な性的な刺激の配信は、エスカレートし続け、性暴力も性的いじめも、エンターテインメント化されている。 

 2013年、大ヒットしている漫画から映画化される作品の中にも、いじめのターゲットにされている男の子が、マスターベーションを強要され携帯撮影されたうえネット配信される様子が、性的いじめのマニュアルのように描かれていた。

 性教育をめぐる国際的な動きの中では、自己肯定感を高めるたるためにも、性被害、加害を防ぐためにも、望まない妊娠を避けるためにも、一人ひとりの自立や人権の尊重のためにも、科学的に性を学び、社会的制度や文化的環境を整備し、ジェンダーバイアスの縛りから解放していくことが必要であり、人々の意識の基盤になるのが性教育や男女共生教育であると認識されている。

 また、実践者たちは、性教育により子どもたちが自分の「こころ・からだ・性」を大切にするようになり、相手や社会について考えることができ、性行動にも慎重になるという事実をつかんでいる。

 性教育は、「家庭」でと言う声も聞かれるが、上述のような状況のうえ、子どもたちの性をターゲットにした商品化がはびこる現状においては、学校での「性教育」に期待するしかない。「教育」とは全ての人が同質の同等に得られる権利なのであり、性教育も例外にしてはならない

☆セミナー資料  『戦争と性〜橋本発言は男の身勝手

 

      セクシュアル・ライツ関連年表

 

       2013.8 金子真知子 作成

1789

「フランス人権宣言」

 

 

1791

「女性および女性市民の権利条約」

 

 

 

        (オランプ・ド・グージュ)

 

 

1792

「女性の権利擁護」(メアリ・ウルストンクラーフト)

 

 

1832

フランス刑法に「強姦罪」(性に関する初の成文法、ただ

 

 

 

  し強姦は家族の名誉侵害)

1872

「娼妓解放令」「貸座敷制度」=公娼制度

1884

「家族、私有財産および国家の起源(エンゲルス)

1882

刑法に「堕胎罪」

 

 

1890

〜廃娼運動

 

 

1898

民法(家制度)

 

 

1911

「青鞜」発刊

1916

M.サンガー、バース・コントロール運動

1920

〜山宣、性教育と産児制限運動

1921

「婦女及び児童売買禁止に関する国際条約」

1938

「国民優生法」、日本軍「慰安婦」制度

1945

第二次世界大戦終結

 

日中戦争、太平洋戦争終結

 

 

1945

「米軍特殊慰安施設」、GHQが公娼制廃止

1948

国連「世界人権宣言」

1946

「日本国憲法」、民法改正

1949

国連「人身売買及び他人の売春からの搾取の禁止」

1947

「優生保護法」

1950

ボーボワール「第二の性」

1958

「売春防止法」

1960

60年代後半〜70年代 アメリカからウーマン・リブ

 

 

 

          北欧から「男女の役割論争」

 

 

1970

「性の政治学」(ケイト・ミレット)

 

 

1975

国連「国際女性年」、第一回世界女性会議

1973

〜キーセン観光反対運動

1979

国連「女性差別撤廃条約」

 

 

 

 

1985

「女性差別撤廃条約」批准、「男女雇用機会均等法」

 

 

1991

日本軍「慰安婦」訴訟

 

 

1992

セクハラ訴訟

1993

国連「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」

 

 

1994

カイロ国際人口開発会議

 

 

 

  ”リプロダクティブ・ヘルス・ライツ”(性と生殖に関する

 

 

 

   健康と権利

 

 

1995

第四回世界女性会議(北京)

 

 

 

  ”女性の性は人権”(セクシュアル・ライツ)

 

 

1996

国連「クマラスワミ報告」(日本軍「慰安婦」は性奴隷)

1999

「男女共同参画社会基本法」「児童買春、児童ポルノ

 

 

 

 処罰法」

1997

国連「マクドゥーガル報告」(日本の国家補償と責任者

 

 

 

 処罰)

 

 

2000

国連安保理決議(性暴力を含む戦争犯罪責任者訴追)

2000

ストーカー法」「児童虐待防止法」

2000

「女性国際戦犯法廷」(東京)

2000

〜教科書から「慰安婦」記述削除

 

 

2001

「DV防止法」

 

 

2003

七生養護学校の性教育攻撃、ジェンダーフリー

 

 

 

                     バッシング

 

 

2009

性教育裁判高裁勝利

2013

国連社会権規約委勧告(「慰安婦」の権利守れ)、国連

2013

七生養護学校の性教育勝利判決最高裁で確定

 

拷問禁止委(”政治家の慰安婦否定発言に政府は明確

 

 

 

に答えよ”

 

 

 

 


人間と性教育研究所主催 

 

 "人間と性"教育研究所20周年記念セミナー

人間の性と生〜これまでとこれから

ー2012研究所セミナー報告ー

研究所副所長 岩淵成子

 

● DVD上映『在りし日の山本直英』(研究所初代所長)

 2000年に亡くなった山本直英初代所長を『しのぶ会』で上映されたビデオをDVDに直して上映。 主に海外の研修ツアーが収められている。

 常に最新の情報を求めて、先進的な取り組みを進めている欧米への研修ツアーを実施した初代所長を思い起こし、改めて初代所長の性教育に対する情熱と学習意欲を学んだ。

 

        ● 高柳所長「研究所のこれまで」

  山本所長の葬儀に読んだ「弔辞」と、山本宣治略年表をもとに、初代所長の足跡の一端を述べられた。

  山本所長は、中国との交流については特に力を入れられ、絵本大賞の『からだっていいな』の印税から2百万円を「北京性教育研究会」へ奨励資金として送ったこと。アジア性教育学術交流会の開催を決定したことなど、初代所長の幅広い活動を改めて見直した。

  山本所長、高柳副所長として、NHK学園生涯学習講座「人間と性」の活動、エイズをめぐる様々な取り組み、『性と生の教育』の編集などを共にになったことも大きな功績となる。

  最後の執筆として、亡くなる直前に出版された『おちんちんの絵本』、『まちがいだらけの包茎知識』にも触れられ、最後まで情熱を持って今日の研究所の基礎を築いた初代所長の足跡を確認する機会となった。

    

  理事の金子真知子さんから出された

「高柳先生の仕事の意義」(以下の要約)は、高柳所長の現在までの活動を総括し、研究所のこれまでに奥行きを与えるものとなった。

  山本宣治の性教育の原点は、貧困の中での性の無知と因習に苦しむ人々の姿に接したことにある。彼は、国民個々の性と生が政治のあり方と密接な関係にあることに気づき、最後は治安維持法反対に立ち上がって暗殺された。

  山本直英の性教育の原点には山宣が居る。彼は戦後民主主義のなかで立ち遅れた課題としての「性」と「政治」のタブーを見抜いていた。

 山本直英が最後に提唱した「21世紀に向けて、すべての人々に快適なスキンシップのある生存権を」に込められた「人間の性」を「生存権」として捉えた深さに今更ながら感動する。

 高柳所長は、すさまじい社会の変貌と逆流の10年間に「性」と「政治」のタブーに果敢に挑戦した。「日本にも戦争があった」3部作は、これを代表している。

 山宣、山直にできなかった「高齢者の性と生」の分野でのチャレンジも大きい。日本に成熟した福祉国家が到来しなければ高齢者の集いである「懇談室」からの発信は実現が困難であるが。

 

● 金子所長代行「研究所のこれから」

  思春期真っ只中の中学生のなかに居て、鋭く彼らの現状を捕らえている立場からの報告は、現実の中学生に接する機会の少ない参加者には新鮮な驚きであった。

中学生を取り巻く現状

 キャバ嬢を「仕事」として書く時代に生きている中学生。キャバ嬢には性がからむことをマスコミは伝えない。ゲイの子はからだを売る場合もあり、エイズ感染の子もいる。など、偏った情報と生活実態からの問題が噴出している現状がある。

 

心身の健康・発達を妨げる要因

1 学力

 不登校の原因のひとつに、親の生活が崩れているため、朝、学校に送り出してやれない場合もある。九九は不可、カタカナも不可等々の学力不足で中学まで来てしまうと、6時間座っているだけの子もいて、ここ20年間に不登校生徒数は倍増している。

2 衣食住の崩壊 

 食事の貧困から脚気になる子、虫歯をほっておかれる子、夏休み明けには食事が偏っているため体重減になる子。等々、以前には考えられない状況に置かれている。

 居場所の無さ

  居場所の無さから、子どもが誤った行動をとる。注目されたいから、注目される方法を選んで行動する。目的は、何らかの仕返しをするため、強いことを示すため、弱いことを示すためなどがある。

 信頼できるおとなの不在。教師不信など。

  進学も教師は信用されず、塾の指導で決める。クレーマーになっている親は、かつてのヤンキーが多い。親自身が教師不信を持っている。

 複合的な困難

 学校の組織がより管理的になっている。校長、教頭の下に主幹が置かれ、管理の強い職場になっている現状。

 金持ちは私立校に行くなど、公教育が経済格差で崩れている。

 性教育を進めたくても「発達を踏まえること」が足かせになる。なぜか性教育は「遅い子」に合わせることを求められる。

 保護者の「共通理解」を得ることなど、すべての教育場面で困難であるのに、性教育だけが突出して「共通理解」を強く求められ、結果として教育が進まない。

 

・ 性意識、ジェンダーバイアスの迷走

1 女として生きることが切ない。

  賢い女子に多い。働く女性のロールモデルが居ないため、働いても女だから・・・と希望が持てなくなっている。

 周りでは美形の女子が自慢することもあり、ブサメンなどと言われて終わってしまう。女はモテル・モテナイで決め付けてしまう風潮に乗せられている。

 おとなと子どもの境界が崩れ、雑誌の影響で母子が同じファッションをしたりする。

 自己肯定ができない子は、リストカットを繰り返す。今はアームカットに発展している。ブログで互いに競うこともあり、エスカレートしている。

 彼氏の家から登校する「性的自立」をしている女子の存在もある。

 雑誌・ビデオなどの扱いは恋愛至上主義。カップル幻想の垂れ流し。

  キャバ嬢向けの雑誌などもあり、明らかに栄養失調の女子を肯定する記事が雑誌に載ると、それを目指す「ダイエット命!」の女子も増加。月経が止まるなど、将来の健康への影響が危惧される。

 商品化される性

 前略プロフ(前略プロフィール 主に学生利用の自己紹介サイト)。援デリ(援助交際のデリバリ)。セフレ(セックスフリーの子)。など、新しいタイプの性産業が生まれ、子どもたちを取り込んでいる。

 制服、スクール水着、パンツは性産業商品の王道となり、更衣室からのパンツ盗などもある。オークションで下着などを売って稼ぐ。ネットで性を売る子の例。など。

 女子高では、仲間で下着を売って食べ物などを分け合う例もある。

 恋のトリセツ(取扱説明書)が性教育教科書の代用品。性依存になる子も出る。

 様々なゆがみや偏りの現実を見つめ「子どもの権利条約」などを根拠に「子ども期の保障」をする性教育の重要性がますます増している。研究所のこれからは、現実を見据えて進んでいくことが期待されている。

 

● フリージャーナリスト小宮純一

 「『絆』なんて簡単に言わないで−被災地で生きる子どもたちの今−」

 3.11後「定点観測」的に、約2ヶ月に1回現地入りして取材を続けている。

 宮城、岩手は「被災」が過去のものになっているが、福島は現在進行形。「ゴジラの子を産む」と言う20代の女性。不妊治療の結果授かった子を中絶した夫婦など。様々な「事実」が進行している。

 今年の3.11はメディアが取り上げたが、来年は忘れてしまうのではないかと危惧している。

 今年の報道でも、元気な被災者、美しい被災者のみだった。思春期の子も苦しい、辛い、死にたいとは言わない。

 福島で被災し、宮城で自死したケースが1件だけある。

 「絆」はメディアが作った言葉。被災者は言っていない。インタビューへの「東京弁」での答えは、彼らの本音ではない。

● 被災地の子は安心・安全の揺らぎで、すべてを失っている。

 色々あっても子どもは話さない。カメラを向ければ笑うが、それはおとなに好かれたいため。何が欲しいか不明の子もいる。ショックで退行し欲求を喪失している子も居る。自分の「宝箱」を無くしてしまった喪失感から「怖かった」と言えない子も居る。

 しかし、青少年は社会において積極的にパートナーシップを持つことが、災害時のメンタルヘルスの基本。 

 子どもの事例

1 福島の5年生女子 遺体安置所の父が血だらけで泣いたことを、遺児の文集に「お父さんの顔」の題でやっと載せることができた。

  岩手の中学生女子 4月に無言の父と対面。頭に穴。骨折いっぱい。「腐った人は父じゃない」と、受け入れられなかった。2012年になってやっと言葉にできた。

3 福島の4年生男子 那須に連れてきたとき、おもちゃを求めるのでなく、虫や花を捜した。他の子どもでは、全く話さない子やべったり付きまとう子、積み木で町を作る子などがいた。

4 5年生の女子 養護施設の子。心を許さず群れることができない。無差別にベタベタし、どこまで許容するかを試す。ひとりでも無条件で受け入れるおとながいれば変われるのだが・・・

 

 鉄筋の住宅から4、5畳の2Kまで、仮設の生活は大きな格差を生んでいる。そんな中で、学校でしか自慰のできない男子、ひとり親の新しい恋人との逢瀬は、空き部屋をラブホにしなくてはならない状況もある。

 様々な状況が進行するなかで、「性と生」を考えることにより、震災の傷跡を鎮めていくことが必要ではないか。今後も「定点観測」を続けていく覚悟でいる。

 


人間と性教育研究所主催

性と生〜現在・過去・未来

ー2011研究所セミナー報告ー

研究所理事 金子真知子

高柳所長「性と生〜これまでとこれから」

  自身の性と生の80年を織り込みながらの語り口の魅力は、誰もマネできない。幾度か聞いたことのある話もあるが、ついつい引き込まれてしまうのは何故だろう。

 ギリシャ神話のアンドロギュノスの話から古事記、万葉集と、文学作品を引用しながら、男と女の性と生を語ってゆく。その文学に表現された男と女の性と生のありようを歴史と科学の眼で分析する。そこに誰にもマネのできない高柳所長の魅力があるのではないかと思う。イザナギとイザナミの出会いの話を取り上げながら「男と女の出逢いが日本の古典文学に脈々と流れているのに、文科省がこれを教科書に載せないのは残念」との所長の思いに同感する。

  現場の教師として私自身も常日頃国語教育を横目で見ながら、受験の枠にはめ込まれた貧しさ、つやのなさを残念に思ってきた。日本中の学校教育の場で、とりわけ性衝動に悩む思春期にこのような恋愛文学の授業が行われていたら、日本の大人の性愛の質ももう少し成熟していたかもしれない。

  男女平等をうたう憲法をもつようになって60数年。何ゆえに日本はこれほどに女性の地位が低いのか。「女は強くなったとよく言われるがその実感はありますか?」との所長の問いかけ。性の土台である生。その基本に経済的自立の保障がなければならない。それがいまだにできていない現実がある。

  では経済的自立があればよいかと言うとそう単純ではない。所長の話は女の性がどう見られてきたかというテーマに移る。「女の性は不浄とされてきた。女は血を流す身体を持っている。これはとてもキツイ壁であった」と。戦争下の日本では性教育はもちろん、母親からの性教育もなかった。これは当時の世代の女性に共通だったはず。所長は思春期の自分の身体におこった変化を心の奥深く受け止め、その後の人生において女である自己の性にひたむきに向き合い、葛藤しながら、女の性は決して汚れた性ではない、まさに“美しい性”なのだと言い切れる境地に達したのではないだろうか。

  それにしても “汚れた身体”をもつとされる女性の身体になぜ男性は欲望を感じるのか。これは男性にとってはジレンマではないか。女性より優位にあると思っている男性が、性欲ゆえに女性の身体にひきつけられるとすれば、その性欲を精神とか理性と切り離して下位の欲望としなければならない。これが性欲本能論であり、買春を正当化する根拠なのだろう。しかし、私が思うに性欲は正邪の価値とは無関係なもの。そもそも本能と言うものは生命の根源にあるものだ。それを“美しく”開花させていくのが人間社会の文化の力ではないのか。男の性本能だけが開花する社会は決して美しくないし、文化的に低レベルの社会だと思う。

  後半、一番熱がこもっていると感じた話は「源氏物語」の作者紫式部に触れた部分。私には紫式部の人生と所長自身の人生とが重ね合わされて語られているように思えた。「辛い体験をしながら54帖もの絢爛たる絵巻を女一人で書き上げたその知性と情感の高さ」「式部もあの世に行きたいと思うほどの辛い思いもあったろう」と語りながら「自分もたまたま女の性に生まれ、そのことゆえの悲哀をしばしば味わってきたが、今振り返ると面白い側に生まれたと思う」「女は男のように一本調子では生きられない。女は社会的に複雑に生きざるを得ない性」ゆえに自分も「ドラマチックに生きさせられてしまった」と。さて「一本調子」と言われて男性はどうこたえるか?

 「戦争っ子」「軍国少女」の時代から80歳を迎える今日までの歩みを振り返って「生きるってこういうことなんだ。いま80歳になって人生80年は必要だったんだ。生きても生きなくてもいいかな、こだわらなくなった。もう生きたなあという実感がある」これを聞いて私は胸がジーンとした

 

金子所長代行「震災以後〜女性と子どもたち〜」

  学年末、段ボール60箱を移動先の中学校に発送という慌ただしさのなかでの今日の報告。

  印象に残った言葉。「思春期はさなぎの時期。なのに今はさなぎにさせてもらえない」「恋のトリセツ(取扱説明書)」、そうか、何でもマニュアルなのか。実は教師もマニュアルで教育している現実がある。

  「ケータイ依存」。大人もたくさんの依存物で生きているよなあ。でも、子どもというのは本当は人間との直接的なかかわりがあって成長、発達していくものなのに。人と人との言葉と身体を通しての直接的なかかわり、これがいま学校からも家庭からも奪われている。「家庭内ホームレス」、なんと残酷な言葉。

  その一方での学校教育の場での「ゼロトレランス」の浸透。学校サイドから言えば「うちの学校は生徒指導がきっちりしています」ということになるのか。生徒の成長、発達という視点から見れば、これは「教育」ではない。就学援助率90%(足立区)という数字はショッキングだ。貧しい家庭の子が性産業に流れていく現実。

  戦前社会の貧しい農家の娘の身売りと同質のことが現代では、ケバケバしい性情報やファッションを伴って子どもたちをだましながら進行している。戦前以上の悪質さではないか。資本と言うものの悪どさを見抜く眼が必要だ。

  教師は「家庭や親の無責任さ」を責め、親は「学校と教師の頼りなさ」を責める。この対立構造をしかけている真犯人は免罪されている。

  このことは被災地からの報告をきいて更に痛感させられた。原発の安全神話だけでなく学校の安全神話も崩れたなかで「それでも写真の中の子どもたちが笑っているのが切ない」との由美子さんの言葉が胸にこたえる。

 「子どもがしゃべらない」「自分の欲求がわからなくなった子ども」それでも「虫や花に関心を示す子どもの姿」子ども、女、貧困、障害、公的不平等。

  これら「不利の累積」が最もよくあらわれているのが被災地だ。その現場でいま現実におきているのが、新自由主義の復興策とのせめぎあい。TPPや特区構想など「不幸」をくいものにして肥え太ろうとしている資本の企みを許してはならないとの思いを強くした報告だった。

 

「私のイタ・セクスアリス」アラ古希の今だからこそ話せること

  司会者を含め4人の男女の告白。さすが「アラ古希」。力まず淡々と美化も脚色もなく話されていたのが印象的。誰しも70年生きてくれば1冊の本になるといわれる人生。しかし、人生をセクシュアリティの視点で振り返るという機会はめったにない。特に男性の場合は。

  それぞれの性に刻まれた性の歴史から何を読み取るか。それも人それぞれ。共通していたのは「性に無知であった」ということか。そして「性に向きあうこと」は「生」への意欲につながるということか。

  ただ、性の無知によるトラウマは女性の方に重いという印象。「キス事件」「中絶体験」に比べ「継母のスカート事件」「東南アジアや山城温泉でのクロウト体験」の妙な明るさ。健康さの印象。

  このちがいはどこからくるのか。次の課題だ。

  いま、この日本の現実の中では、所長の言う「性愛の復権」も、由美子さんの言う「子ども期の回復」も、被災地に、日本社会に、破壊された生を再建することなくしては実現不可能だというのが、今セミナーの私の結論だった。

 


人間と性教育研究所主催

 

現代の性について考える パート2

ー2010研究所セミナー報告ー

 

● 基調提案「人間にとって性とは」

                       所長 高柳美知子

1、人間だれしもI wa born.

 生まれることは選べない。男女は自分の意志で決定できない。しかし、生後の生き方は自分の責任。


2.「からだ」は自分の存在証明

 男は偉い。女は男の下と見られていた。女の性は不浄と考えていたが、アンネの日記で解放された。アンネは科学的に性を学んでいた。身体は自分の存在証明である。

3.人はなぜ求め合うのか

 生物学的には命を残す営みだが、文化的には心と身体をふれあうのが性。


4.性は多様である

 心とからだのふれあいは、同性愛や半陰陽など性的マイノリティの人達にも同様にある。半陰陽であることが自分の自然であり、同性愛が自分の自然である。


5.性産業先進国ニッポン 性教育後進国ニッポン

 北欧では、性的に寂しい人のポルノは認めている。しかし、棲み分けをしっかりしている。日本の状況は全く違う。この日本をどうするかが今後の課題。


6.性は最も個人に密着した人権

 自分の存在が人権であり、性は最も個人に密着した人権。性器は見せていい人にだけ見せ、さわらせていい人だけにさわらせる。性は許し合った者の間でのみ行われるべきものと、子どもたちに話していくことが今求められている。

 報告「性の商品化と向き合って」

ー依存させられていく若者たちー

副所長 金子由美子

1 今、子どもたちは

 学校での問題。家庭での問題。地域での問題。社会的問題。などで、子どもたちが孤立化させられている実態報告。

2 「思春期の蹉跌」社会と照合

 事件・事例からの現状報告。

3 生存権の侵害

 就学援助の増加。家庭内ホームレス。外国籍の子ども。母子世帯の増加。学校での性教育のネグレクト。子ども虐待の増加。など、生存権を侵害されている子どもたち。

(詳しく知りたい方は、副所長の著書を参考にされたい。)

  ● トーク&トーク「老いてなおすてきな性を」

     "人間と性"懇談室有志 コーディネーター高柳美知子

1 懇談室との関わり。自分の性は今。

A(60代女性)懇談室では、隣近所では話せない性の話がフランクにでき、自分の行動を否定されないのが楽しい。

B(60代男性)前立腺ガンになり、命を取るか快楽をとるかと医者に言われ、命を取った。合体だけがセックスではないと懇談室で学び、妻との関係は以前よりよくなったと思う。

C(60代男性)子どもが独立し、好きな時に子どもを気にせず性を楽しめるようになった。相手が快く応じてくれるよう家事などもし、相手との関係性を大事にしている。

2 性は高齢になったら枯れるか

C 挿入だけがセックスではない。スキンシップだけでも生きる元気が湧く。生殖の性は枯れるかもしれないが、性欲はある。性欲が元気の基だと思う。

A 60過ぎての性を軽蔑するのは失礼だと思う。ペニスとバギナの接触だけがセックスではない。

高 心の結びつきが身体の結びつき。男女とも性は枯れない。エロスはふれあいで、それは性器だけではない。心の距離が身体の距離になる。

人は身体(からだ)を持って生きている

―セミナー参加者報告―

 

 観測史上最高という猛暑の今夏、熱中症死、児童虐待、行方不明老人の相次ぐニュースに日本社会もここまで来たかと重い気持ちを抱えて参加したセミナーだったが、性という視点であらためてこの社会の現在を見つめ直すいい機会になった。

 さて、冒頭の高柳所長のミニ講演「人間にとって性とは何か」。こんな根本的テーマを15分でというのは神技に近い話術がいる。どんなに知識が豊富でも自分の性の哲学というものがなければ語れないものだろう。

 所長の話は「私たちはみんな I was born. 生まれちゃった存在。そして生まれた後人は本能だけでは生きられない文化的存在」ということから始まった。この「文化的存在」というところがポイントだろう。

 そしてもう1つのポイントは「人は身体(からだ)をもって生きている」というところ。当たり前のことを言っているようだけど実はここがとても大事。

 もう20年も前になるだろうか。高柳、山本直英両先生が私たちに紹介してくれたフレーズ”Body is good!”(からだはすてきだ)を思い出す。当時の私たちにはこの言葉がとても新鮮にひびいた。性器を含めた人間の身体のすばらしさを両先生は科学的かつ文学的に語ってくれた。人の皮ふ感覚の鋭さ、豊かさ、快いタッチと不快なタッチ、それをキャッチする大脳新皮質系の働き・・・人間の性はこころとからだの交錯するところにある、と。   

 所長は講演の結びで「人間の性とはふれあうこと。ふれあいの喜び」と語った。この人間の性の原点ともいうべき「ふれあい」が今どうなっているのか。それが次の金子由美子さんの講演とトーク&トークにつながっていく。

 金子さんの講演「性の商品化と向きあって」。その情報量と早まわしのビデオのようなスピード感に圧倒された。学校、家庭、地域における思春期の子どもたちの性と生の現在が子どもの視点にたって生きのよい言葉で語られる。これらの子どもたちを受け入れる高校教員としてとてもためになった。

 「”中1ギャップ”に”中2病”そして”中3生はなくて受験生”」「他教室には出入り出来ず、放課後もさっさと帰宅させられ」「高層マンションに閉じこめられ友達と遊ばない中学生」「弧食」「お風呂に入れず髪のベタベタな子ども」「シングルマザーとフリータ青年の同居」そして「困ったときに助けてくれる友達も先生もいないと答える子の多さ」・・・。

 貧困が親を含めて子どもたちの孤立化を促進している現実に心が痛い。聞きながら、衝撃を受けたユニセフのデータ(青少年の幸福度調査で「孤独を感じる」と答えた日本の15歳の割合は21ヶ国中トップの29.8%。他国は5〜10%)を思い出した。

 金子さんが「クラスの子がいじめにあっているんですが」と担任に相談しようとしても、担任はパソコンから目を離さないという学校の現状。「学校はいま人間をあつかう場所とは思えない状況になっている」。 この金子さんの言葉には怒りがこもっているように私には感じられた。そして、学校や家庭が思春期の子どもを受けとめられないでいるとき、子どもをつかんでいるのが受験産業とメディアを含む性産業だということ。

 AKBの「ハグ券」の話。メイクやファッションを通してキャバ嬢やAV女優への道に限りなく動員されていく女の子たちの話。なるほどこんなふうになっているのか。貧困化の促進という物質的土台があり、ジェンダー・バックラッシュという政治的思想的攻撃があり、そのなかで「性教育のネグレクト」が続いていけばどうなるか。居場所のない子たちに、てっとり早く自己表現の場とお金を提供してくれる「性の商品化」の世界。一見ファッショナブルで、軽く、明るく見えるだけに無自覚に女の子たちがとりこまれていく。そのことに金子さんは警鐘を鳴らし続けている。この子たちにどうやって女性の性の尊厳を学ばせたらよいか。私は高校で取りくんでいる「日本軍『慰安婦』」の授業をもっと深めなければならないなと、あらためて思った。

 さてトーク&トーク「老いてなおステキな性を」について。

 これは自分の性そのものについてのトーク。参加者の方々すべて実に真面目で率直だ。「若い頃はいい女と数多く、だったが今はサークルで性について学ぶことがとても楽しい」という発言や、会場の青年の「男性は年とっても性欲があることが可視化されているが女性の性欲は見えていない」という感想が印象に残った。

 性欲ってどう考えたらよいのだろう。「ふれあい」というとソフトで文化的な印象だが「性欲」というと生理機能的な本能的な印象になる。人の性欲というものはどう表現されるものなのか。そんなことを考えているうち・・・なぜか無性に私は高柳所長の万葉集の講義を聞きたくなった。メディアにのせられ商品化された性表現ではないもの。 

 高柳先生の美しい声で語られる古代の人の性愛の表現を聞きながら、自分のからだと心の奥底から出てくる性の言葉を紡ぎ出したい。そんな思いがしてきた。 そして「玄冬」の玄は単なる黒色ではなく朱を何度も重ねてつくられた深い黒色(漆黒)のことを言うという話を聞いて、高齢化社会というのは本当は人間の性の成熟をつくり出す社会なのではないか。そんな思いもしてきた。

 色々なことを考えさせてくれた、講演、トークに感謝。

 

         『性という字』 ー参加者感想

 「『性』は枯れるもの・・・とお考えですか?」所長の問いかけに、あのセミナー会場での大方の応えは、それぞれの方が「自分の場合はNO!」についてでした。

 ヒトは、子を産むための生理としての性から人間関係に豊かな はりあい を創り出すエロス、「心情の文化」として、だいじに美の意識の基として(ローマ、ギリシャ神話、芸術表現)育ててきたから。生きることと心を文字に統一して「性」という漢字が創られたのは、太古・・・(どこでいつごろ生まれたのかナア)

 性を語るのは、はしたないこと・・・と「道徳」的な縛りの観念を強めてきたのは、そう古いことではないようだ。富の分配を支配する。階級社会の生成による主従の構造のことを見つめたい。鍵はここだ。

 今これは、変化の過程を辿っている。

 

人間と性教育研究所主催

       
 すてきな性 ゆたかな生 

ー2008研究所セミナー報告ー

●基調提案「性は人権・性は多様」

 研究所所長柳美知子先生が、開口一番は「人間は誰でもどこかの少数派に属しています」と話されました。多くの人は自分は多数派で少数派ではないと思い込むことでなんとなく安心して生きていますが、離婚した人・シングルで子育てしている人・女性・子ども・老人・障がいを持つ人。そしてリストラを心配しながら働く男性や派遣労働者もマイノリティ。
 そんな中で先生は特に性的マイノリティのお話をされました。 

 性同一性障害・同性愛・半陰陽・異性装・バイセクシャル・HIV感染者。ともすれば隠し通さねば生きていけないとまで思い詰めて毎日を過ごしている人たちの歴史や思い。
 性同一性障害では虎井まさえさんのお話、「いつか自分のからだにおちんちんがはえてくると思っていた」という幼少期。今では障害を認定された人は性別適合手術(性転換)が受けられ、いくつかの適性をクリアすれば戸籍の性別も変更することができる、など人権に配慮されるようになった。
 同性愛では今回トーク&トークに出演された杉山貴士さんとの出会い、府中青年の家の「同性愛者宿泊拒否」裁判。ここでは研究所が編集し東京書籍が出版した副読本「ひとりでふたりで みんなと」や「大人に近づく日々」などが参考文献として取り上げられ、性は人権であることが裁判所でもみとめられ勝訴した。
 その時のやりとりを日本国憲法第3章「国民の権利及び義務」を交えて話された。 
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
 あらためて日本国憲法の素晴らしい内容に敬服するとともに、現実はなかなかそうはなっていないことを実感する。その後2003年に始まった性教育バッシングの煽りの中でこの副読本は絶版となる。
 そして講演の後半は3月12日に勝訴した七生養護学校「こころとからだの学習」裁判について。
 スージーとフレッド人形が、性器がついていると理由で裸の写真を撮られ、まさにレイプ等しい人形としての権利が侵される不当な扱いを受けた経緯と判決で勝訴がでるまでの戦いが語られました。
 今日の講演は七生「ここから」裁判の勝利の直後だけにマイノリティの人権を守ることや性教育の大切さを実感することのできるお話でした。

●自分をさがそートーク&トーク

 まず進行係の金子由美子さんから現在の中学生が抱える問題提起がありました。人生のロールモデルが描けない。親自身がロールモデルになっていない。女の子にとってもモデルは「あげ嬢」といわれる風俗の女性。雑誌などの表紙を飾り、からだはほとんど摂食障害と思えるような病的な細さ。そんな女性をモデルとして生きている思春期の少女達。母親達は雑誌でセレブな妻たちをまねて、生活が困窮していてもヴィトンの財布を持っていたりする。生活格差が自己肯定感の低さにもつながっている。
 橋本早苗さんからは骨形成不全という障がいを持ちながら、自立したくてアメリカに留学した経緯とスクールカウンセラーとして向き合う思春期の子どもたちのコンプレックス『容姿・進路・恋愛』が自分自身もむしばんでいたこと。外見にこだわり、美しくなければ生きている値打ちもないと思いこむ生徒。自分自信がそういう思いを克服してきた思春期が語られた。男子にいくらやさしくされても、それは障がい者であって、女性としてではないことに苦しむ日々。誰も私には嫉妬をしないという現実。そういう女性としての辛さを克服したさきに今の臨床心理士としての天職があった。
 杉山貴士さんは自分とは何かを問い続けた半生であったことを話された。嫌な奴に回ってくる生徒会の役員。演台立つと「タカ子!」と一斉に囃し立てられた中学時代のこと。イジメられ、男らしくなれない自分への嫌悪。「自分の性のやばい状態をどうにかせにゃ!」という気持ちで生きてきた。大学進学することでイジメから解放され遅れてきた思春期を過ごすことができた。
 今仕事を通して感じることは親とうまくいかないことで貧困に陥る若い世代が増えている。ロールモデルがない若者が「ロード(労働)モデルがなくてもいいじゃないか」と発言する。
 同性愛者などマイノリティはどれだけ自分と同じようなマイノリティと出会うかで客観的になれる。カムアウトすることで職場でのコンセンサスが得られるか、も生きていく上での自分探しになる。
 最後に金子由美子さんから、自分とどれだけ向き合うか、自分を探すことは、自分一人ではできない。子どもが思春期になったとき、基盤はゆれる。そんなとき大人が「こうあるべき」というメッセージが色濃くなることでその中に入れない子たちは、イジメに遭い、不登校になったりする。「こうあるべき」の学校に対して「嫌な教師のいるところ」というマイナスイメージしかない子もいる。最後に「子どもには一つの価値基準を与えるのでなく、自由に考えてもらいたい。子どものは、ゆっくり豊かに生きる権利があります」という言葉で締めくくられた。

                 

   人間と性教育研究所主催

     『イラスト版10歳からの性教育』発刊記念
学習 & 出逢いのつどい 報告

T部 思春期SOS        
〜 両親だけじゃない、あなたも子どものサポーター 〜

 10月18日(土)大塚「ラパスホール」にて行われた学習会の第一部は、H市公立中学校で特別支援教育スタッフとして、思春期の子どもたちと接している、教育カウンセラー・当研究所所員佐藤晴世さんの講演でした。
講師佐藤さんは、3人の息子さんの子育て経験に加え、日々触れる現代の中学生の悩みや葛藤に暖かく接し、また、研究所のホームページを通じて、思春期相談にも丁寧な回答を送っている実践者らしい心ある報告をして、参加者に大きな共感を与えました。

 最初の内は、自分のことを「うぜえ、うるさいおばさん」と冷ややか目で見ていた子どもたちがいた。でも、めげずに語りかける。
教室には入れない子どもたちと共に計算の競争をしていると、負けることがあった。(佐藤氏の演技かも?)子どもたちの反応「先生って、馬鹿じゃん。俺より馬鹿じゃん。だのにこうやって一応俺たちに指導する大人になってる」なんて言い出す。
そのうち会話が生まれる。「学校って案外おもしろいね」「生きているっていいんだね」などなかなか哲学的な発言もとびだしているようだ。
佐藤さんの姿勢は、登校刺激をしないことだと言う。時折授業にも出て支援することがあるが、授業についていけない子どもたちが妙に静かであることに驚かされる。彼らが、わからなくても「わからない」と発言できない状況の中で生活していることに胸が痛む。
自分が子育てで悩んだり苦しんだりしたことを思い出したり、自分もあまりできの良くない子どもだったことを話したりして、きりきりしないでゆとりある接し方を心がけている。
不登校の子どもの三分の二は思春期の子どもたち、彼らの複雑な心の内に入っていくのは難しいが、周囲の大人たちがあなた達を支えているんだという安心感を与えてあげたい。犯罪擁護はしないが、追いつめられた子どもたちが、犯罪に走るのは、社会のひずみにも起因するのではないかと思っている。
自分の力は弱いけれど、いつもそばにいて、心許せる存在でありたい。
息子に、性に関しての質問は父親にしなさいと言ったら「お母さんに聞いた方がいい。色々な例を知っているから。だってあそこ(書棚)にいっぱい書いてあるもん」といったそうだ。大した息子さんですね。そして、大したお母さん(佐藤氏)ですね。

大阪から参加した現職教員Kさんは「教員の側からしか見えていない子どもの姿をカウンセラーの立場から知ることが出来た。すぐに生かしていきたいと必死でメモを取りました」と。
5人のお孫さんを持つUさんは「かつて息子に、僕はお母さんから生まれたのにどうしてお父さんに似ているのと聞かれて、お父さんのおちんちんとお母さんのおちょんちょんとくっつけて、鶏が卵を持っていると同じようにお母さんにも卵があって、そこにお父さんが白い薬をくっつけたんだよと答えたことがあります」と発言され、会場に暖かい笑いが起きました。「息子がセックスの図を持っていたので あんたたちこんな本読んでいるのと聞いたら、うん、みんなで回し読みしているよと答が返ってきました」と。
こんな風に日常的に性の話が出来ていると、いじめにあった時も親に言ってくれるようになったそうです。佐藤さんの講演内容には、性に関する話はあまり出て来ませんでしたが、「10才からの性教育発刊記念」ということもあり、子どもたちがセックスしなくてもすむ環境作りをとか、48時間以内の緊急避妊方法などの話題も出て、学校の教員の役割も説かれました。

U部 音楽と出逢いのつどい

プ ロ グ ラ ム


●  一弦琴(ステラレゴミデス)    演奏  中村昭三
●  歌と朗読              青木 清   高柳美知子
●  参加者合唱               リード 青木 清
●  私の思春期              参加者のフリートーク

 

 中村さんのステラレゴミデスの演奏 『鳥の歌』『望郷のバラード』
壊れたモップの柄とプラスチックのコップから、なぜ哀愁を帯びた素晴らしい音色が流れ出るのか、不思議としか言いようがないひとときでした。

 青木さんの独唱と高柳所長の朗読 『夜のプラットホーム』
「私の思春期」で、同様の体験をされた方の発言がありました。歌が先か詩が先かは分かりませんが、実体験を持つ者がいるからこその、胸にしみる歌詞と詩になっているのでしょう。
「私の思春期」は、発言者が次の発言者を指名する形をとり、順に回るのとは違うスリルをともなった、思いがけない出逢いを作りました。

 「私の思春期」発言より


 それぞれの年代をふまえた内容の濃い発言が続きました。時間が足りず、半数の参加者は一言発言に終わったのが残念でした。互いはこの場が初対面の参加者も多かったのですが、最初の発言者が率直に話を出したこともあり、次々と初めて耳にする発言が続き、新しい出逢いの場としては成功に終わりました。発言からいくつかお伝えします。
@ 名古屋で思春期を過ごした。名古屋の女は「トヨタの嫁」になることが目標の時代だったが、担任の薦めで進学した。担任には感謝している。
A プラットホームでの別れを体験している。当時は 「すきでも手を握ってもいけない」という時代だったから、ハンカチごしのキスくらいしかできなかった。
'45/1.19歳で招集され、ソ連国境に送られた。−30℃だった。3月には南方に送られたので助かったが。国境最前線にも「慰安所」があった。「明日死ぬよ。今夜かわいがってあげる。夜遅くおいで」と言われたが、出口に下士官が番をしていて出られず、南方に送られたので、慰安所の話はボツになった。僕と同様で兵隊の1/3は慰安婦の経験はない。
B 地方の過疎地での思春期は暗かった。家が重荷だった。大家族でのもめ事が嫌で、短大入学で上京した。親や家との葛藤が印象に残っている。
C 国民学校で入学し、小学校で卒業した世代。戦時中は大変の一人だったが、職場結婚後は平凡な生活をしている。孫に『イラスト版10歳から・・・』をプレゼントした。
D 高校時代は、気象部、テニス部などの部活で明け暮れた。自転車で彼女と荒川土手をデイトしたが、手も握らない状況だった。アコーディオンを弾いて歌うこともした。学校中にビラを貼り、教師の監視下で集会をした想い出もある。
E 高校時代は文通が流行っていた。文通相手を新聞で見つけ、大学に入って文通を再開するなど、自分を高めてくれた人となった。身近な人を選ぶことになり、文通だけの人を選ぶことはなかったが、文学的には上の人だったので、今でも手紙はとってある。
F 離婚したが、娘と同姓を希望したので旧姓には戻らなかった。娘が反抗期の時、どう対応して良いか分からず、母親の言うとおりに動いていて、反抗期がなかった自分は特別だったのだと知った。
G 大家族のなかで育ち、小学校入学以来家事の手伝いをし、反抗している余裕さえなかった。女性蔑視の明治男の父を見て、男は怖いというイメージを持ち、いまだに未婚のまま。
H 中学時代は、ウブだったが性的興味はあった。異性に触れたい気もあったし、友達の身体にも関心があり、自分とはタイプの違う友達同士で身体のさわりっこをした。抱き合えば赤ちゃんができると誤解もしていた。性教育があれば良かったと思う。
I 『冬ソナ』にハマって、研究所に関わるようになった。色々あったが、今が青春かなと思って楽しんでいる。
J 国民学校卒業の世代。集団疎開の体験もある。小学校3、4年生頃に淋病が子どもに流行ったことを覚えている。     
K NHKのオーディションを受けたこともある。歌手や、新劇俳優などの経験がある。恋もして、3回結婚した。子どもの頃には、朝鮮人として差別されたこともある。様々な体験を正直に本に書きたいと思っている。所長と相談してぜひ書きたい。
L 日本文学研究のため、留学中。結婚、子育ては今後。皆さんの意見を参考にしたい。
M 静岡県から駆けつけた。所長とは17年前からのつきあい。高校休学、中退したが、大学は卒業した。休学中は本を読んで過ごした。大学卒業後英語を勉強し、英和辞典を全部暗記するほどになった。
N 高学歴ワーキングプアの一人。今の大学教育は、
40%の非常勤講師が支えている。現在の若者の環境を、研究者として教育者として取り組んでいきたい。
O 高校教師。再雇用されフルタイムで勤務している。自分の思春期を振り返ると、自由に悩めたことは幸せだった。自由な悩みさえも奪われている今の子どもたちは、本当にかわいそうだと思う。30年前から30人学級を言い続けてきた。分かっていたのにやってこなかったツケが今出ていると思う。問題の根源に目を向けず、現象に対処しているだけの教育行政に怒りを感じる。

P 両親は恋愛結婚だった。戦時中サイパンに行った者は死んだ。母は子どもらをミシンの縫い物で育ててくれた。家にはいつも14、5歳の娘達が縫い物を習いに来ていた。小学校2、3年生の頃、その娘達にお医者さんごっこをされた。それが強烈な印象に残っていて、女性恐怖症気味が今でも抜けない。
Q 教育現場の今は、朝8時前に出勤し、夕方7時過ぎに帰宅する毎日で、疲れ切っている。性教育はしたくてもできない現場の状況で、ただただ疲れたオバサンになっている。
 

    


 
 

 

あなたは731部隊を知っていますか
〜篠塚良雄元少年隊員の告白〜

 07年度研究所総会に先立ち「歴史の証言を聞く」集いを持ちました。(2007.4.19)
 証言に立った篠塚さんは、85才の高齢で、歩くこともままならぬお身体にもかかわらず、立ち上がって「証言」を始めると、終わるまで直立して話されました。ただ昔話をするのではない。残虐行為の告白をするのだ。との想いから、今までずっとそうされてきたのだそうです。証言内容は、新聞「赤旗」4/20号に掲載されましたので、転載いたします。

 証言したのは、元731部隊員の篠塚良雄さん。1939年、15才で731部隊の母体である陸軍軍医学校防疫研究室に入隊しました。
その後まもなくして、中国東北部の日本のかいらい国家「満州国」とモンゴル国境でノモンハン事件が起きました。篠崎さんは最前線まで細菌兵器を運びました。「生物・化学兵器が実戦で使えると実証したのがノモンハン事件だった。その後、大量に生産された」「生体実験や生体解剖は医学の発展とは無縁のものだった。目的は猛毒な細菌を作ること以外なかった」と篠崎さんは言います。当時、実験対象の人間を「マルタ(丸太)と呼び、「何本倒した(何人殺した)」と兵士同士で話していました。「私たちは人間性を失い、尊い命を何とも思わない人間になっていた」と話しました。

 

● 会場からの質疑が、短時間でしたがされました。
Q 『悪魔の飽食』に関して。731部隊を題材としているが、「良い本」といえるのか。
A 資料として、少年隊員の証言を集めたのがひとつ。中国現地で、中国人の証言も集めた。731部隊の犯罪性は、生体実験・生体解剖だけではない。証言を集めて、犯罪性を暴いた点では『悪魔の飽食』は良かったと思う。
Q 『戦争と人間』についてはどうか。5大財閥が実質指揮していた、資源略奪が書かれている。反中国的書物とも言われているが。  
A 中国の資源収奪の元締めが、河北交通の社長になった。財閥の犯罪性は今はあまり出てない。高級官僚の供述書には出ている。
Q 戦犯管理所職員との交流が、現在まで続いているようだが・・・
A 管理所所長らは、文化大革命時には引き回しにされている。文革後「中帰連」(中国帰還者連絡会)が日本に招待した。その後交流が広がり、管理所の50周年記念行事の時に招待された。文革時には分裂していた中帰連が、中国との交流後ひとつにまとまった。ひとつの団体が分裂後、再度まとまるという珍しいケースになった。  

 

  演奏とパネル展示


 公演開始前には、目黒区在住で、「9条山墾根寺住職」を自称されている中村昭三さんの「手作り一弦琴」のメイ器「ステラレゴミダス」による演奏がありました。
養護学校の教員をされていた中村さんは、ゴミとして捨てられてしまうものを、様々に有効活用されています。「廃品からどうしてあんな素晴らしい音色が出るのか」と思うような、哀愁を帯びた音色での演奏でした。参加の皆さんも、うっとりして聞き入っていました。
 会場には、「ABC企画委員会」のご配慮で、「あなたは731部隊を知っていますか」のパネルも展示され、40名近い参加者の理解をよりいっそう深めました。
 「ABC」企画とは、「731部隊展」と「毒ガス展」を企画した市民団体が合併し、A=核兵器、B=生物兵器、C=化学兵器の廃絶を目指して活動している団体です。731部隊遺跡を、世界遺産登録しようという活動もしているそうです。詳しく知りたい方は、インターネットの「ABC企画」で検索してみてください。 

● 講演を聴いて
Nさん 自分のなかにある加害性をどう表出するか。人間は環境によって左右される。鬼にもなるし、真人間にもなる。周りとの関係を大事にして、自分をどう表すかを考えねばならないと思った。
篠塚さん (Nさんに答えて) 人間はある状況におかれると殺し合う。戦争は絶対にいけない。憲法9条は死守したい。 
Kさん 戦争経験者の話を聞くのは、今回が初めてだった。中学の養護の先生に誘われて参加したが、来て良かった。体験者の話に感動した。体験者の話を聞く機会は少ないが、関心持たなくてはとの想いを持ち続け、今後も機会があれば参加していきたい。(半ば照れながらも、真摯に感想を語ってくれた、最年少参加者のKさんは、講演終了後、篠塚さんとの記念写真に収まりました。)
黒澤利時さん 通常であれば絶対にできない人間の生体実験が医学研究の名において、丸太と呼ばれた捕虜を生きたまま解剖し、貴重な資料にしたのでした。
軍隊とはそもそも人殺しを合法化する組織ですが、全く罪のない人間がこうしてたくさん殺されました。・初めは真面目な医学生たちも実験を重ねるなかで、人間性をどんどん失っていきました。
石井四郎中将を初め部隊の指導部は、生体実験の資料をアメリカに引き渡し、戦犯となることを免れただけでなく、戦後製薬会社や大学医学部に就職します。薬害エイズもあって当然です。
私は篠崎さんのお話を聞き、憲法を守る運動をさらに盛り上げたいと思いました。そして篠崎さんが健康で長生きされ、貴重な経験を語り続けて戴きたいと切に思います。


731部隊の犯罪性と今日の関わり


 篠塚さんの話に続き、保田弁護士から、731部隊の犯罪性は、今問題になっている「薬害C型肝炎」や、薬害エイズ問題に続いている犯罪性であることが話されました。
731部隊員は、石井四郎だけでなく、多くの幹部が帰国後、大学教官や製薬会社役員として、医学界、薬学界に身を置いてきている。薬害エイズのミドリ十字にも幹部が関わっている。今回のC型肝炎の裏にも同様の経緯がある。
日本軍の犯罪性に対し、撫順収容所における中国側の扱いは、ソ連など他地域とは、著しく異なるものであった。周恩来の指導で行われた戦犯の処遇は、兵士らを文化活動のなかに置くものであった。そのなかから、真の人間性に目覚めた兵士らが、帰還後「中帰連」を組織して、日中友好に努めている。現在では、帰還兵が高齢化したこともあり、「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」としての活動に引き継がれている。
一方、旧海軍の組織など、戦友会組織は全国的にあり、民主主義の今日でもしっかり残っている。こちらも高齢化に伴い、兵士の子どもたちを取り込み、父親を誇りに思わせることにより、活動の継続を図っている。元憲兵隊員の証言によれば、憲兵隊も堅い組織を守っているとのこと。
憲法9条が、アジアの友好の基盤となっている。もし、9条を改正するようなことがあれば、アジアの友好の面では日本が消滅することになる。