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今月のコラム

“人間と性”教育研究所理事

青木 清


(2013/4/15更新)

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戦争のない時代に学ぶ

  

 

 江戸時代のおおよそ300年、日本は戦争のない平和な時代がつづきました。ヨーロッパの都市以上に優れたインフラの整備された街、町民をも含めた文化の誕生などの成果は、まさに平和の時代が生み出した産物と言えるでしょう。ところで、それ以上に長い1万年以上の間、戦争はおろか「人が人を殺すこと」がない時代がありました。この時代、縄文時代の文化の質をどうとらえるかによって私は平和の原点を見ることができると思っています。

 

 私は、縄文時代の人々は想像以上に豊かな精神生活をもっていたと考えています。どう豊かだったか、第一に自然の法則・摂理に対しては文明の発達した現代人以上に豊富な知識と敬虔な意識があったと思います。私たちは現代、文明に守られて生活していますが、古代の人たちは自然に守もられて生きていました。そこでは迷信などが入り込む余地はなく、合理的といっていいほどの判断力がなければ自然の法則の中で生きていけない現実がありました。

 なかでも死に対する考え方は大きく違っています。自然の摂理のなかで死があって生があり、死は恐れではありません。文明が発達することで社会は豊かになりますが、飢餓や疫病は規模が大きくなり、その上に人が人を殺すという戦争が発生します。こうして死が恐れとなっていきます。有史いらいの信仰は、この死の恐怖から人間を救うことから始まりました。その意味で有史以前の信仰と同じ言葉では語れないものがあるのではないでしょうか。

 

 現代、自然の法則に最も逆らったものに核分裂・核融合・核爆発があります。太陽にだけ許されたこの自然の法則を人間は地球に持ってきてしまいました。それも人を殺すため(核兵器)・お湯を沸かすため(原子力発電)・そして金儲けのためでした。他にも文明の発達が環境を破壊し、汚染して人類は滅亡へと向かっているといわれています。

 話は変わりますが、第二次世界大戦が終結する三年前、マンハッタン計画が始まりました。ここから生まれたのが人類史上初の原爆です。原料となる天然ウランはアリゾナ北部を中心に宝庫と言われるほど埋蔵量があり、この採掘に駆り出されたのがアメリカ先住民の人たちです。

 放射能の危険も知らされずに身一つで採掘にあたった人たちは、その後長いあいだ障害に悩まされました。

 そうした中でも「平和の民」を意味するホビ族は、先祖代々続いていたある予言を守り採掘には加わらなかったそうです。「地下に眠る金の灰に触れてはならぬ。灰のつまったひょうたんが人類を滅亡させる」

 なんという予言でしょう。何百いや何千年前からのものか分かりません。放射能は長い歴史の中で半減期を重ね次第に弱くなってきます。大昔は近づいただけで死にいたる時期もあったのでしょう。その犠牲から生まれた予言です。

 

 もう一度縄文時代の文化について考えて見ましょう。私は、縄文土器や土偶は祭壇に飾られたものではなく、縄文人が手にとって(欠けていて当然)利用し、愛玩し、鑑賞したものと考えています。抽象的な・形而上学的(けいじじょうがくてき)な神の概念をこの時代の人が共有していたかは難しい問題ですが、すくなくともそれを権威付けることはしませんでした。自然の法則の中で生きる・手にとって触れる文化を楽しむ・権威付けをしない。こうした縄文人の姿勢や知恵が、平和に生きるという現代の課題を考える上で大事なキーとなるような気がしてなりません。

  





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