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今月のコラム

“人間と性”教育研究所所員

黒澤利時


(2012/10/30更新)

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  今日の教科書採択問題     

  

 

  

@教科書は誰が選ぶべきでしょうか

 

 戦前・戦中は国定教科書でした。全国で同じものが使われていました。戦後、教員・学校に選択権があり、学校単位だけでなく、教員単位・教室単位で別の教科書を選ぶ方が、教員に自主性が与えられ、より創意工夫した授業が出来ると、文部省は述べていました。今日では考えられないほどに教育行政は民主的でした。

 ところが1950年代後半から政府は教科書の国家統制に乗り出し、教科書検定を強化し広域採択を進めてきます。

 「憂うべき教科書の問題」なるパンフレットが当時の日本民主党(現在の民主党とは別)から出され「政治の教育への介入」が露骨に進められました。 

 1956年教育委員会法が改悪され、教育委員は公選制から任命制になり、文部省は「採択権は教育委員会にある」という通達を出します。 

 教科書の無償措置法の実施(1963年)から、教員は自分の使う教科書を選べなくなります。世界中で日本のように地域で同じ教科書を採択する国はありません。 

A今問題になっている育鵬社の社会科教科書はどのような内容でしょうか。 

 歴史認識については、長い間の論争があり、様々な角度から議論がされ、多くの出版物が双方から出されています。今は公民教科書についてのみ、述べておきます。

 育鵬社は「縄文時代の人々も奈良時代や平安時代の人々もみなさんのご先祖様」とし、日本は非常に歴史の古い国として、その独自性を強調しています。そこには「人々はその人権を守るために政府をつくる」という近代の人権と民主主義の思想がありません。最初から国家があってその下に公民がいるとなります。個人の尊重をかかげた日本国憲法とは違う立場です。全体として個人の上に国家を置く立場です。

 次に国民が主権者であるとの記述が貧困です。「一人前の社会人として活躍するために必要不可欠な知識」を学ぶことは「適切な投票行動をとる助け」や「消費行動を賢明に」としています。

 しかし国民の政治参加は投票行動だけでなく、被選挙権や請願権・請求権の行使、世論形成等たくさんあります。

 経済でも、消費活動だけでなく、生産・流通、金融、政府の財政など、私たち一人一人が社会を動かしているのです。

 男女平等・夫婦別姓についても「男らしさ・女らしさを大切に」とありますが、「らしさ」にとらわれない生き方も自由でなければなりません。

 また、育鵬社は「貢献」という言葉をたくさん使います。「優位な立場にある日本が、困っている国に援助する」です。国際社会の中で多様な人々と一緒に努力しようという観点が欠如しています。地球的規模での環境破壊とかエネルギー問題に目を向ける子どもは育ちません。自分自身の手で共生の場として、自分の夢を実現し発展させていくのが、公民の大切な役割なのです。

 平和については、領土問題、拉致問題、自衛隊の海外活動にふれているだけで、核兵器廃絶や平和への全国各地での取り組みには全くふれていません。日本国憲法前文の「国際社会において名誉ある地位」とは全く相いれない内容です。





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