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今月のコラム

“人間と性”教育研究所所長

高柳美知子


(2011/2/14更新)

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水子ってなに? “水子のたたり"って本当にあるの?


 

    雑誌や新聞、電話等で「性と生」の相談を担当している私のもとには、子どもから高齢者まで、いろいろな悩みや質問が寄せられます。先日、届いた女子中学生の質問は「友建から水子供養の話を聞きました。“水子のたたり”って本当にあるの?」でした。
  “水子”という言葉は、昔、貧しさのために、生まれたばかりの赤ん坊の口に糠などをつめて窒息死させたり、縄で首をしめたりして殺し、海辺や川岸や沢にすてたりしことから始まったとされています。
  泣く子をおどかすようにして眠らせる子守唄にこんなのがあります。
   ねんねんころりよ おころりよ
    ねんねんしないと 川流す
   ねんねんころりよ おころりよ
     ねんねんしないと 墓立てる
  だれもが知っている「シャボン玉」(作詞・野口雨情 作曲・中山晋平)の歌も、間引きの子を想ってつくられた童謡と言われています。 
   シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ
     屋根まで飛んで こわれて消えた
   シャボン玉消えた 飛ばずに消えた
     生まれてすぐに こわれて消えた
   風々吹くな シャボン玉飛ばそ
  この「しゃぼん玉」は、野口雨情が幼くして亡くなった娘を偲んで書いたと言われています。
  温泉地のお土産屋さんに並んでいる「こけし人形」も「子消し」つまり、子を消すの意で、水子の霊を慰めるものとしてつくられたのだそうです。 
  わが子を捨てる(殺す)ことは、親にとって、とりわけ母親にとってどんなにつらく悲しいことであったか。罪の意識にも苦しめられたことでしょう。
  水子供養というのは、妊娠したら産むしか手立てのなかった時代の民衆の知恵が、“水子”の言葉をつくり、供養して、流された子どもと自分たちの悲しみをわかち合おうとしたのではないでしょう。
  “水子のたたり”なんてありません。それなのになぜ今、“水子供養”“水子のたたり”が言われるのかー。それは、民衆の知恵などではなく、望まない妊娠をして、やむなく中絶せざるをえなかった女性の悲しみや後ろめたさ利用してお金儲けをしようとする者たちが作り出したもの。水子供養を看板にかかげる寺もでてきて、そうした寺のパンフレットをみると、「ノイローゼ、親への反抗、テンカン、夜尿症、登校拒否、弱視、乳ガン…」などなど、なんでもかんでも“水子”のたたりのように書いてあります。
  現在の水子供養ーそれは、妊娠中絶という悲しい選択を再びしないこと。そのために妊娠のための知識と避妊を実行できるカップルをつくること。




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