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今月のコラム

“人間と性”教育研究所所長

高柳美知子


(2010/8/30更新)

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65年前・65年後の「8月15日」


 

 65年前の1945年8月15日ー「日本は神の國」をたたきこまれた“戦争っ子”のわたしには、「敗戦」「無条件降伏」の語彙など、どこを探してもありはしません。あるのは「撃チテシ止マム」「一億玉砕」そして「神風」。 戦局の思わしくないことは、子どもなりに察してはいました。新型(原子)爆弾を落とされたことも、イタリア、ドイツがすでに降伏したことも、ソ連が参戦してきたことも…。しかし、それらは降伏にはつながってはいかないのです。それどころか、さあ、つぎは本土決戦。一億火の玉となって敵を迎え撃つときが来たー心底、そう思い込んでいました。それにしても〈神風〉はなぜ吹かないのか。もう、吹いてきたっていいころだろうに…と、祈りにも似た切なさで思ったものです。今にして思えば、14歳にもなって〈神風〉を信じていたなんてまったく噴飯物ですが、それが“戦争っ子”たるゆえんとでもいうのでしょうか。
 現人神の天皇が「玉音」放送をなさると聞いたときーさあ、いよいよ神風が吹く〈時〉が来たのだと確信をしたのでした。
 そして当日。ラジオの前に陣取ったわたしの耳に聞こえてきたのは、ガーガーピーピーの電波に乗ったなんとも珍なる声。−これが神様の声??? そしてわたしは、いっぺんに了解したのでした。〈神風〉など、はじめから吹くはずのものではなかったことを。
 学校が始まって真っ先にやったことは「教科書の墨ぬり」。昨日まで正しいと教えてきた教師の言うままに、ただ黙々と教科書の活字を塗りつぶしていきました。そう教えられ、そう信じてきたことがこうも簡単に抹消されていくことへの納得のいかなさだけが、胸底に澱となって沈んでいくばかり…。思えばこの教科書の墨ぬりこそ、わたしの自我の萌芽、自立の始動というものでした。
 

 そして、65年後(2010)の8月15日ーわたしは、靖国神社で日の丸を誇らしげに振りかざす大勢の若者たちの中にいました。
 なぜ、靖国に? それは2003年に小泉首相が74人の国会議員を引き連れて参拝を強行、さらに有事法制、イラク特措法、「昭和の日」の制定など、次から次と「戦争のできる国」のレール造りに全力投球の事態をどうにも見過ごせなかったのです。
 ーよし、8月15日に靖国神社にいってみよう? 自分の目で、この国の、そして自分たちのゆくえと向き合ってみよう。
 というわけで、今年も知人に声をかけて出掛けて行った次第。
 民主党内閣に変わった今年は、参詣の人もマスコミも少なく、新聞が「静かな夏」と報じたように表面的には静かでした。しかし、「韓国併合」100年を意識した右翼の若者たちの動きは激しく「朝鮮人、ぶっ殺せ!」などの怒声が飛び交っています。
 この国と若者のゆくえを深く考えさせられた「8月15日」でした。