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今月のコラム
“人間と性”教育研究所所長
高柳 美知子

(2006/1/28更新)

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老いてなおステキな性を!

 

 敗戦の 1945年の日本人平均寿命は、男23、9歳、女37、5歳。恋人や夫になるはずの若者が戦場で命を捨てた、いや捨てさせられた現実を端的にしめす言葉に「トラック一台の女に男一人」というのがありましたっけ。  

 では、戦後 60年目の2005年はどうか。女は85歳、男は78歳。全人口に占める比率は19、6%。まさに世界一の長寿国ニッポンです。  

 思春期、壮年期、熟年期、老年期の人生の節目は、自然界の四季になぞらえて「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」と表現されますが、スポットを浴びるのはいつも「青春」。

 「青春」はたしかに清新の輝きに満ちた季節ではありますが、「朱夏」「白秋」「玄冬」も人生のそれぞれの輝きがあるはず …。とりわけ納得いかないのは、玄冬の季節を「おいぼれ」「いろぼけ」「いい年をして」などと表現されることです。  

 

 次ぎは60代の男性から届いた悩み相談です。  

 「私の妻は生殖を目的とするセックス以外は拒み、よそに女をつくれといいます。

 12時過ぎまで別室でテレビを見たり、うたたねをして寝室(夫婦同室)に来ます。

 私が求めても、もう遅いからとか、眠いからなどといって拒否をします。

 私は人生にとって性生活は大切なものと思っておりますが、妻の意向を無視するのもどうかと思い、なやんでいます」。  

 一方、60代の女性からは、「夫と二人でテレビの恋愛映画をみたりしていると、夫が肩に手を回してきたりする。もう、いやでいやで …」の訴えが届きます。  

 人間は、いくつになっても性的存在です。生殖を目的としない高齢期の性は、性器の結合だけを問題にしないコミュニケーションの性、生きていることの確認の性です。

 

 「性は枯れるもの」といった偏見に惑わされず、「人生 80年・90年」の出現によって得たプラス30年を“余生”や“老後”という人生のおまけ的な時間としてではなく、自分の人生のもっとも“豊饒な季節”としてうけとめて生きていきたい―前人未到のこの課題を共に探っていきたいとの願いをこめて、昨年末、9人の高齢期の男女がそれぞれの性と生を綴った『老いてなおステキな性をー高齢期の男女の関係性を問う』(かもがわ出版)を刊行しました。ぜひ、ご購読を。そしてご感想をぜひ。

 

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