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今月のコラム
“人間と性”教育研究所所長
高柳 美知子

(2003/7/15更新)

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  前事不忘 後事之師

― 子どものとき戦争があった ―

 
 「ジンム、スイゼイ、アンネイ、イトク、コウショウ、コウアン、コウレイ……」
 戦後生まれの方は何の呪文かと思うだろうが、これは歴代天皇の名前である。神武から昭和までの124代の天皇の名を一つの間違いもなく暗唱することが、戦時下の小学生の必須課題であった。休み時間も登下校時も、夢の中でまで、ブツブツモグモグ唱える図は、落語の寿絃無(じゅげむ)」そこのけの滑稽譚だが、それにしても天皇を神格化するための、何と見事な呪術であったことか。
 戦時下の学校の一日は、「国旗掲揚」「宮城(皇居)遥拝」で始まった。「宮城に対し奉り最敬礼」の号令一下、オカッパやイガグリ頭が一斉に90度に折れ曲がる。少しでも頭が浮いていると、教師の容赦ない叱責が飛んでくる。続いて校長の訓話。「畏くも天皇陛下〜」の言葉に、瞬時、直立不動の姿勢がとれなければ即ピンタである。

 登下校の際、奉安殿(“ご真影”と呼ばれる天皇・皇后の写真がしまってある)に向かって最敬礼することも欠かせない。ご真影が奉安殿からお出ましになるのは、紀元節や天長節の式日。天皇のご真影を背に、礼服に身をかためた校長が“荘重”な口調で教育勅語を読みあげるのだが、なにしろ難しい漢語の羅列でチンプンカンプン…。やがて、あっちでもこっちでも鼻汁をすするズルズルズルズルの珍なる伴奏が…。
 
 戦時下の子どもたちは、こうしてパブロフの犬よろしく「天皇」と聞けば反射的に直立不動、最敬礼をするように調教されていった。一方、その思想培養は、修身・国語・国史を中心とする国定教科書によってなされていった。「日本は神の国。この戦争は聖戦」と毎日、毎時間、洗脳された子どもたちが、「ワレラ少国民(期待される人間像)」を自ら生きはじめるのになんの不思議もなかった。
 
 そして敗戦。街に「リンゴの歌」が流れ、本屋には「英会話」のテキストが山と積まれた。学校では、昨日までそれを正しいと教えていた教師の言うままに、教科書を黙々と墨で塗りつぶす子どもたちの姿があった。その後、私は学校の教師となったが、30数年にわたる教師生活を支えたのは、「子どもたちの教科書に再び墨を塗らせない」の自覚と決意であった。
 
 “人間と性”教育研究所では、この10年来、中国の戦跡(南京、731部隊、柳条湖、平頂山、撫順戦犯管理所、盧溝橋など)を訪ねる旅にとりくんでいる。そうした場所で必ず出合うのが、中国の古い諺「前事不忘 後事之師」の文字である。「前のことを忘れず、後の教訓とする」の意であるが、この言葉を胸に刻まねばならぬのは、私たち日本人ではないのか…。とりわけ有事(戦争)法案が、さしたる論議もないまま90%の議員の賛成を得て衆・参の国会を通過し、教育基本法に愛国心を盛り込もうとする勢力が勢いを増している状況の中で、この思いは一層強まるばかりである。